田中小実昌

香具師の旅 ポロポロ    

香具師の旅 2005年3月24日(木)
 田中小実雅というと、11PM、新宿ゴールデン街、日活ロマンポルノというイメージで、昔、新橋の吉野家でとぼけたつまらなそうな顔で牛丼を食べているのを見たことがある。戦後、東大に籍を置いたまま軽演劇、ストリップ小屋、将校クラブの雑役、香具師など職を転々とした人で、この短編集はその経歴を伺い知ることができるものだ。
 「浪曲師朝日丸の話」は徴兵されて中国を転々としていた時の仲間の話。「ミミのこと」は占領軍の食堂で働いていた時知り合った耳の不自由な娼婦の女の子の話。(直木賞受賞作)「香具師の旅」は大道で商売しながら北陸を旅する話。「母娘流れ唄」はその後日譚のようなもの。戦後という時代と、それを引きずった人たちが、本当は重いんだろうけれど、軽く飄々と描かれている。

ポロポロ 2008年12月23日(火)
 「父が牧師だったうちの教会では、天にまします我等の父よ…みたいな祈りの言葉は言わない。みんな言葉にならないことを、さけんだり、つぶやいたりしてるのだ。」《ぼく》は、それを「ポロポロ、やってる」と思う。「ポロポロ」は、独立教会だった家の父母の思い出をつづった作品。
 他の作品は、ただ行軍したり、赤痢やマラリアにかかって寝ていたりした中国戦線で出会った人々とのことを描いた作品。たいした武器も持たず、一度も交戦せず、ただ飢えと疲労と伝染病に苦しんで死んでいく兵士。そうした人たちをことをしゃべったり書いたりすると、それは作った物語になってしまう。「しかし、物語は、なまやさしい相手ではない。なにかをおもいかえし、記録しようとすると、もう物語がはじまってしまう。」
 谷崎潤一郎賞受賞作。
 「だいたい、だれかが祈ってる言葉をきくと、ちょっぴり自己反省をし、そして、自らの徳行を誇り、あとは神に対する要求ばかりだ。」