髙村薫

マークスの山 レディ・ジョーカー    

マークスの山 2007年1月11日(木)
 昭和五十一年十月、南アルプス北岳、男女が心中し一人助かった子供が広河原の山荘で保護された。その直後、広河原から下った飯場で泊り込んでいた作業員の岩田が、早朝訪れた登山者を熊か猪と誤認してスコップで殴り殺していた。平成元年、かつて事件のあった飯場の近くの登山道で白骨死体が発見され、そのそばに岩田の腕時計が落ちていた。捜査にあたった佐野警部補が東京の岩田を訪ねると、警視庁の合田という刑事が強盗傷害の容疑で先に来ていた。 そこに真犯人だと名乗る水沢という若い男が姿を見せて逮捕され、岩田ももう1件の殺人を自供する。平成四年、元暴力団が頭を何物かで刺し殺されるという事件があり、警視庁の合田警部補が現場へ駆けつけ、所属する七係と碑文谷署の捜査本部が置かれる。その後、法務省の次長検事松井が殺され、頭部から同じような穴が発見され、こちらの事件は警視庁の十係と王子署が担当することになる。次第に、暁成大学の山岳会が共通点として浮かび上がるが、なぜか警察上層部や検事局や議員筋から捜査に圧力がかかる。
 最近警察組織の暗部を描く小説は多いが、同じ、警察内部でも上層部と現場、警視庁と所轄署、警察と検察が対立するのみならず、課同士、係同士で対立し、さらに同じ捜査班内でも捜査情報を隠したり、上司・部下で出し抜きあったりする。高村薫の作品は、ダイナミックでかつ男同士の微妙な感情が描かれていて、いつもながら力作だ。直木賞受賞作。

レディ・ジョーカー 2010年7月15日 (木)
 小さな薬局を営む物井、障害のある娘をかかえたトラック運転手の布川、町工場で働く陽吉、在日朝鮮人の信金勤めの高、所轄の刑事の半田、彼らは府中競馬場に集まる競馬仲間だった。物井の娘が嫁いだ歯科医の秦野は被差別部落の出身で、息子が日之出ビールの面接を退席した後交通事故で亡くなっていた。息子は日之出ビールの役員の娘と交際しており、親から結婚を断られていた。物井の兄が書いた日之出ビールの被差別部落出身者解雇に関する怪文書を解放同盟を名乗る男から渡された秦野は、日之出ビールに脅迫状を送ったあげく自殺した。四年後、男たちは企業から金を奪い取ることを思い立つ。ターゲットは、因縁のある日之出ビールだった。計画通り日之出ビールの社長城山を誘拐し、いったん解放した後、次の目標は金を奪い取ることだった。
 「黄金を抱いて翔べ」と同じような、犯罪者グループを中心に描いた犯罪小説。ただ、この作品では、被害者である日之出ビールの経営陣、所轄署の合田などの捜査陣、東邦新聞者の久保、根来などの記者の視点からも描かれており、事件の背景も差別問題、総会屋グループ、投資グループ、政治家と入り乱れてかなり複雑である。結末はあっけないかなという感じで、闇から闇へという部分も想像され、これが日本の裏側なのかなとも思わされる。合田刑事は「マークスの山」にも登場していたらしいが、すっかり忘れていた。毎日出版文化賞受賞 の大作。