朱川湊人

白い部屋で月の歌を 都市伝説セピア 花まんま 箱庭旅団

白い部屋で月の歌を 2005年8月24日(水)
 「白い部屋で月の歌を」:ジュンは除霊師シシィのもとで、地場につかまった霊をいったん自分の中に受け入れる「憑巫」の仕事をしている。その能力のせいで歩くことができないし、記憶も断片的であいまいだ。そんなジュンが、霊魂が抜け落ちた少女の霊を救い、その少女に恋してしまう。「あなたは、月が啼くのを聞いたことがおありでしょうか。」という文で始まる耽美的な作品。
 「鉄柱」:社内不倫のせいで地方の営業所勤務となった雅彦は、妻晶子と新しい生活をやり直そうと思う。山の中腹にある小さな久々里町の人々は、みな優しく親切だった。ある朝、いつものように小高い丘までジョギングすると、そこにある鉄柱で、引越してきた日に 会った老婆が首を吊っていた。近くの家に飛び込んで電話を借りようとすると、そこの老人は町内会長に電話した。あの人に言っておけば、ぜんぶいいようにしてくれるから、と。
 この前の直木賞受賞作家の、日本ホラー大賞短編賞受賞作。と言っても、幻想小説といったほうがいいかもしれない。味わいのある作風だ。

都市伝説セピア 2006年7月6日(木)
 「アイスマン」:私が精神の安定を欠いて岐阜県の祖父の家に厄介になっていた時、神社の夏祭りで十歳くらいの女の子に声をかけられ、着いていくとバスの中の冷蔵庫の中に、氷漬けになった河童の死体があった。翌日、突然一つの疑念が閃いた。あの河童の手はどんなだっろうか。似ていた、幼い子供の手に・・・。
 「昨日公園」:単身赴任先から帰って近所の公園で子供とバドミントンをしていると、子供が今公園ユーレイが出るんだよと言った。幽霊ではない・・・遠藤は三十数年前に体験した不思議な出来事を思い返した。友達のマチとキャッチボールして夕方別れた後、夜になってマチがタクシーにはねられて亡くなったという電話があった。翌日の夕方公園の前を通ると、昨日と同じ姿のマチがいた。
 「フクロウ男」:子供の頃近所にいた知的障害のある少年がいて公園で「ほーうほーうほーう」と呼びかけていた。高校生になった頃、その公園を通ると子供たちが「小ちゃい子をいじめるとイサオが来るよ」と言っていた。その少年は、子供達の間で伝説の主役になっていたのだ。その時僕は、自分自身の手ですばらしい幻想を作り出したいという深い欲求に気づいた。そして、フクロウ男という都市伝説を送り出していく。
 「死者恋」:フリーライターの久美子は、物体と化した肉体を描き続ける異端の画家鼎凛子を取材する。凛子が話したのは、人生を変えた激しい恋の話だった。その相手は、朔田公彦という画学生で、二十歳で雪深い山中で自殺していた。その後母親が出版した本で知り、恋をしたのだという。公彦の実家を訪ねて、同じように今はない公彦に恋をしたしのぶという女性と知り合う。しのぶはその後公彦の兄と結婚し、公彦によく似た子供を産み、公彦と呼んで育てていた。
 「月の石」:通勤電車が乗換駅を過ぎると、線路ぎりぎりに立った古びた煉瓦色のマンションのベランダに、木村さんが立っているのが見えた。藤田がリストラのリストの最前列に置いた男だった。その後、兄妹が引き取るのを嫌がり、実家で孤独死した母親がそこに立つようになった。ある日、そのマンションから背を背けて立っていると自分に倒れかかってくる婦人がいて、「なんであんなところにあの子がいるの・・・」という言葉が漏れた。藤田は電車を降りると、あのマンションに向かった。
 ホラー小説ということになるが、「アイスマン」、「死者恋」は耽美的で幻想的。「昨日公園」と「月の石」は重松清や浅田次郎のようなセンチメンタルな雰囲気がある。どの作品もラストにもう一ひねりがあって、「フクロウ男」はミステリーとしてもおもしろい。直木賞作家のデビュー作品集。「フクロウ男」はオール讀物推理小説新人賞受賞作。

花まんま 2008年5月1日(木)
 「トカビの夜」:小学生の時一時期過ごした大阪の文化住宅の袋小路の奥に、朝鮮人の兄弟が住んでいた。怪獣の本を見せて遊んでやっていた病弱な弟が亡くなり、しばらくして奇妙な出来事が毎日のように起こった。
 「妖精生物」:国電の高架下にいた男から買った、ガラス壜に入った顔のあるクラゲのようなものは、飼っている家に幸せを運んでくれる「妖精生物」ということだった。それからまもなく、父の工務店に大介さんという芸能人みたいな人がやって来た。
 「摩訶不思議」:「世の中、不思議なもんやなぁ」というのが口癖のツトムおっちゃんが階段から落っこちて死んだ。葬式の後、火葬場の前で霊柩車が動かなくなり、ドアの鍵もはずれなくなった。妹のヒロミが「おっちゃん、きっと燃やされたくないんや」と言い、アキラは「おっちゃん、カオルさんに会いたいんやろ?」と叫んだ。
 「花まんま」:妹のフミ子は、四歳の時熱を出して入院した後、どことなく違う雰囲気になっていた。ある日、小学生になったフミ子の姿が見えず、自由帳を見ると「繁田喜代美」という名前が書いてあった。京都まで行って迷子になっていたフミ子は、そのことを尋ねると「うち、どうも昔、繁田喜代美やったらしんやわ」と言った。
 「送りん婆」:両親が勤めている運送屋の社長さんのお母さんは、怖い人だった。アパートの隣のおじさんが血を吐いて倒れて救急車で運ばれ、二日後もう助からないと退院させられて苦しんでいると、「運送屋のばあさんを呼んだ方が、ええんやないのか」とアパートの住人たちが言った。 呼ばれたおばさんがおじさんの耳元で長い言葉を呟くと、おじさんは静かに息を引き取った。
 「凍蝶」:蔑まれる家に生まれて、保育園で孤立して過ごした私は、小学校で東京から来たマサヒロと友達になったが、そのマサヒロも三ヶ月で私を避けるようになった。外を歩き回るしかない私は、偶然訪れた霊園でミワさんと出会った。私が弟にソックリで声をかけられたのだった。それから毎週水曜日、その霊園でミワさんと顔を合わせるようになった。
 三十年ほど前の大阪を舞台に、主人公たちの子供時代の不思議な思い出を綴った短編集。 差別を悔やむ「トカビの夜」、大人の世界を垣間見る「妖精生物」、ユーモラスな「摩訶不思議」、ブラックな味わいのある「送りん婆」、底辺の人間の清らかさを描いた「凍蝶」、そして花で作った弁当に思いを託した「花まんま」が最も印象的だった。湿り気のあるファンタジーだ。 直木賞受賞作。

箱庭旅団 2015年12月31日(木)
 森の中でフクロウに「旅に出ないのかね」と声をかけられた。「おまえがちっぽけだからだよ」という。私は現れた白い馬の背中に乗って、空への架け橋を駆け上がった。箱庭療法を受けていたという八歳の子供が行方不明になり、その子が遊んでいた箱庭んお中から白馬の人形がなくなっていた。
 白馬に乗った少年は、いろんな人物に姿を変えて、不思議な出来事に立ち会う。お化けが出るというアパートに移り住んだが、近所の人は皆知っているのに自分にだけは見えないという話。『唯一無二の絶対真理』という一冊の本しか置いていない図書館。それを注文すると周りの客が噂話のように自分のへのアドバイスを話し出す「さきのぞきそば」。ショートショートに近い短編集で、ユーモラスなもの、ちょっと怖いもの、しんみりするもの、いろいろあるが、いくつかの作品は関連しあっている。久し振りに読んだ朱川作品はやはり良かった。