諏訪哲史

アサッテの人      

アサッテの人 2010年7月31日(土)
 「ポンパ」、「チリパッハ」、「ホエミャウ」といった意味不明な言葉を口にするようになり、「アサッテ」の世界へ向かっていった叔父のことを、『アサッテの人』という小説に書こうとするが決定稿に至らない。書こうとする叔父の「アサッテ」が「作為」を拒むものだから、小説自体が破綻せざるをえない。思いあぐねた末、与えられた材料である書きためてきた草稿、叔父自身の日記を並べて読者に投げ出すことにした。叔父は、吃音のせいで「世界から疎外されている」、そしてショーペンハウアーの影響から「世界に囚われている」という意識をかかえていて、自分の行動から意味を剥奪すること、通念から身を翻すことといった「アサッテ男」としての抵抗を宗とするに至ったようだ。
 作者は「世にメタフィクションでない小説など存在しえず」と書いているので、あえて言えばメタフィクション形式の作品。作品中の「叔父」の「アサッテ」にしても、「私」の書く姿勢にしても、無限反復の呪縛から抜け出せないことになるのだろう。おもしろいようなつまらないような作品。芥川賞受賞作。