白石一文

一瞬の光 この胸に深々と突き刺さる矢を抜け ほかならぬ人へ  

一瞬の光 2003年12月12日(金)
 主人公橋田浩介は、東大法学部をトップクラスで卒業して日本最大規模の企業に入り、社長に重用されて38歳で人事課長の地位に就く。学生時代ボート部だったので体力もあり、さらに高校時代は大勢の女子学生につきまとわれたほどの美形でもあり、社長の姪の美女・瑠衣を紹介されて交際している。
 ある夜、部下と飲みに行くと目の前でシェーカーを振っている女性は、昼面接で落とした短大生だった。閉店後店のマスターに絡まれているところを助けたことから、この香折との微妙な付き合いが始まる。非常に情緒不安定なのだが、実は母親の虐待や兄の暴力で心を病んでいたのだった。どこかほうっておけないものを感じて、兄妹のように世話をするようになっていく。
 社内の派閥抗争や政界を巻き込んだ贈収賄事件などもあって、企業小説のような印象だが、橋田と香折の関係がどこか佐々木丸美の「雪の断章」を思わせるところもあって、ちょっと感傷的に楽しく読めた。しかし、この主人公の世界観というか人生観というのは、ジョン・ウェイン的な男性原理に貫かれていて、少し辟易する部分もある。こんなのがいやだから、中小企業でのんびりしたいと思っているのだが、とにかく女性には受け入れがたいところもあるかもしれない。香折には「エリートぼけ」と言われ、瑠衣には「何かこの人変」と言われるぐらいだ。
 「人生の一瞬一瞬を、次の瞬間が最後の瞬間となるかのように生きなければならない」というトインビーの言葉から、「次の瞬間が最後の瞬間であるのなら、どの瞬間も光り輝く至上の時間なのだ」と思う主人公の生き方が、「一瞬の光」の意味なのだろうか。

この胸に深々と突き刺さる矢を抜け 2012年1月22日(日)
 カワバタは週刊誌の編集長。今は与党の大物政治家の金銭スキャンダルを追っているが、上からストップがかかる。胃ガンの手術をして再発を防ぐ治療中で、大学で教えている妻とは、生まれたばかりの長男を妻が保育園に預けて仕事に出たせいで肺炎で亡くしてから、夫婦関係はない。そして芸能事務所からタレントを斡旋させたり、上司の妻と関係を持ったりしている。会社では次期人事を巡って動きがあるらしく、カワバタも看板月刊誌への異動が予定されている。
 この小説は、出版社の記事や人事を巡る企業小説的な部分と、カワバタの病気や家族、愛人などの部分と、半分近くを占める引用でカワバタが展開する金融経済による貧富の問題への提起が並行しながら続いている。上下巻の大作で、どう帰結するのかと思っていると、なんだそういうことかという感じで終わる。ここのところはミステリー仕立てになっていて、人物関係がうまく作られ過ぎている感じもする。山本周五郎賞受賞作。おもしろいと言えばおもしろいが、結局何が言いたいのだろうと思うと、どうなんだろうと思うところがないわけでもない。主人公は「一瞬の光」と同様強烈な男性原理主義者で、かなり辟易する。

ほかならぬ人へ 2013年3月12日(火)
 「ほかならぬ人へ」:宇津木明生は「生まれそこなった」と思いながら生きてきた。旧宇津木財閥の名家に生まれたが、家族の中で一人成績が振るわずスポーツ用品メーカーに就職していた。親の決めた婚約者がいたが、キャバクラで出会ったなずなと結婚した。そのなずなが幼馴染で元恋人の真一に心を奪われて家庭内別居状態になった。明生は女性上司の東海さんに事情を打ち明けていた。一方、許嫁だった山内渚は明生の兄靖生を思っていて、靖生は長兄宣生の妻に焦がれていた。直木賞受賞作。
 「かけがいのない人へ」:大企業の社長の娘みはるは、同期でエリートの聖司との結婚を控えていたが、元上司で元恋人の黒木との付き合いも復活していた。
 「ほかならぬ人へ」のほうは共感できる部分もあってストーリーもおもしろかったが、「かけがいのない人へ」はちょっとどうかなという感じ。どちらの企業を舞台にした作品で、恩のある人が亡くなったり、同じようなパターンだが、印象は全く異なる。