島本理生

シルエット リトル・バイ・リトル 生まれる森 ナラタージュ
ファーストラヴ      

シルエット 2004年12月7日(火)
 最初の数ページを読んで驚いたのは、その端正で落ち着いた口調の比喩や文体。まるで昭和40年代の女性作家の作品を読んでいるようだ。最近の女性作家の、見て見て私の感性ギラギラでしょう、といった感じはない。
 高校に入って知り合った冠くんは霧雨のような人だった。やわらかくてどこか暖かい雨。けれど、彼は女性の体に嫌悪感を覚えていて、そのことが 別れるるきっかけになる。今付き合っているのは2歳年上の大学生のせっちゃん。YesとNoがあって、Goodが多ければ良し、あとは体で何とかなると思っているようなやわらかい男。せっちゃんを好きな気持ちとは別のところで、冠くんへの思いが残っている。
 作者が高校生で群像新人文学賞優秀作を受賞した作品。モノトーンのしんみりした印象と、時間を巧妙にずらした構成が印象的。最近、週刊誌で写真を見かけたが、どちらかというと体育会系の風貌だった。

リトル・バイ・リトル 2006年2月22日(水)
 母が二度目の夫と離婚したので、ふみは大学をあきらめて1年間アルバイトをすることにする。小学二年の妹ユウちゃんは二番目の父との子。母は整骨院でマッサージの仕事をしている。その母から紹介されたのが、1つ年下でキックボクシングをやっている周。そして一年前から習い始めた習字の先生柳さん。素直でやさしくてちょっとおもしろい人たちとの日常。
 六年前から会っていない父、どうしてもなじめない二番目の父、あまり強調されてはいないが、心にわだかまることもある。周との付き合いもいつもぎこちない。「時々、怖いんだ」「いろんなことが全部、何もかも」「毎回怖いって思うたびに、そう言えばいいじゃないですか」
 食事をしたり家事をしたり会話をしたり、そんなさりげない日常が繊細に描かれている。自然で軽やかでのびやかな感じ。読んでいて学生の頃を思い出してしまった。野間文芸新人賞受賞作。

生まれる森 2008年2月3日(日)
 サイトウさんに出会ってから深い森に落とされたようになっていた。大学が夏休みに入り、実家へ帰る同じ学科の子の部屋を借りて一人暮らしを始めていたら、高校の時の同級生キクちゃんからキャンプに誘われた。キクちゃんの父親、公務員の兄雪生、中学生の弟夏生といっしょだった。その後、雪生 さんから時々誘われるようになる。予備校の先生だったサイトウさんと一緒にいるようになってから、いつも洗い流せない疲れを感じていた。そのことに気づいたサイトウさんにもう来てはいけないと言われ、自暴自棄になって父のわからない子を妊娠しておろしていた。雪生さんはそんな私を心配しているようだった。雪生 さんも今はいない母親のことで心に傷を抱えていた。
 いろいろなことが曖昧なまま終わっている感じがする。しかし、どうして良いか分からなくて、それでいて心の底では自分の気持ちに気がついていて、 そのことがが分かったからといってどうしようもないことは多い。ある日突然つきものが落ちるように癒されたり生まれ変わるわけでもない。前作のタイトルではないが、「リトル・バイ・リトル」、そんな印象がする。相変わらず端正で繊細な文章が心地よい。
 「住宅街の屋根と団地のシルエットが浮かび上がった夜の果てをじっと見つめた。嗚咽すら漏れずにゆっくりと涙は流れた。生まれて初めて泣くことはなんの役にも立たないと心の底から感じた。」

ナラタージュ 2008年11月8日(土)
 高校時代の教師から電話があった。人間関係で悩んでいた時支えてくれた、演劇部の顧問の葉山先生だった。部員が少なくなったので、発表会に向けて練習に参加してほしいという相談だった。葉山に思いを寄せていた工藤泉だったが、卒業前に秘密を明かされそして拒絶されていた。久し振りに高校を訪れ、葉山に再会し、黒川、志緒、黒川が連れてきた小野君と土曜日練習に通うようになる。清潔な印象があって、黒川たちに兄妹みたいだと言われた小野君から付き合ってほしいと言われ断った泉だったが、葉山に嘘をつかれていたことがわかって葉山を追うのはやめようと決意し、二度目の誘いを受け入れてしまう。
 「生まれる森」と似たような設定だが、やりきれなさが残る。「これからもずっと同じ痛みをくり返し、その苦しさと引き換えに帰ることができるのだろう。あの薄暗かった雨の廊下に。そして私はふたたび彼に出会うのだ。何度でも。…途方もない幸福感にも似た熱い衝動に揺さぶられながら、私は落ちる涙を拭うこともできずに空中を見つめていた。」別れのシーンが切ない。しかし、困ったチャンや、陰湿な変身はちょっとおぞましい。
 「ナラタージュ」というのは、映画などである人物の語りや回想によって過去を再現する手法、だそうだ。

ファーストラヴ 2020年3月20日(金)
 臨床心理士の真壁由紀は、出版社から聖山環菜という女子大生についての半生をまとめる本を依頼されていた。環菜は父親を殺害して、逮捕された後『動機はそちらで見つけてください』と言って話題になっていた。環菜の国選弁護人は、夫我聞の弟の迦葉で、大学の同期生だった。由紀は環菜に面会し、親友や元恋人を訪ねて、環菜に心に迫ろうとする。
 環菜の虚言癖、心の不安定さの底にあるのは何か。そして由紀と迦葉の間にも過去に何かあった。ミステリー仕立てになっていて、読んでいておもしろかった。直木賞受賞作。「リトル・バイ・リトル」で野間文芸新人賞を受賞してから15年。ずいぶん長かった。