島田雅彦

彼岸先生 虚人の星 カタストロフ・マニア  

彼岸先生 2004年6月6日(日)
 島田雅彦は2冊目でしかないが、新聞や雑誌のコラムで目にする、特有のトーン、シニカルともブラックユーモアともスノッブともペダンティスムとも屁理屈とも言える語り口はおなじみのもの。ロシア語科の学生菊人は、姉がオペラの発声法を教えることになったことから、不思議な恋愛小説を書いているという小説家と知り合い、人生の師と見立てるようになり、川向こうに住んでいることから「彼岸先生」と呼 んで私淑し始める。夏休み、親に呼ばれてウィーンへ行って帰ると、先生は自殺を図って入院しており、郵便で先生の日記の分厚いコピーが届いていた。
 最近軽い恋愛小説のようなものばかり読んでいたので、久し振りに読み応えのある作品で、一言で感想を言うのは難しい。(一言で片付けられたくはないだろうけど。)冒頭で、「フィクションだけが残った。私も君も、一切が途中であり、しかも全てが終わっているフィクションの吹けば飛ぶような登場人物に過ぎない」と書かれているし、日記の冒頭にも「日記は嘘しか書かない。ここに書かれた私はフィクションである」と書いてある。さらに、菊人の一人称で書かれていたのが、日記の後は三人称で書かれているのも何か意図ありげだ。何かまともなことを書こうと思ったら、ノートをとりながら読み返さなければいけないような感じ。

虚人の星 2019年8月6日(火)
 星新一が小学二年の時、父が寿司屋に置き去りにしたまま消えてしまった。学校で「シカト」されるようになり、フリーズしている間に覚えない行動をしているようになった。父の友人たちの中で最後まで残った精神科医の宗猛に相談すると、七つのキャラクターを操るレインボーマンになるよう言われた。自由国民党の松平定男は、祖父も父も総理という家系に生まれながら、漫画好きで美術を志していたが、首相の北条が入院し、次期首相候補がみな政治献金問題で脱落したことから、陰の実力者上杉によって総理大臣にされてしまった。星新一は実は中国の組織の元締めだった宗猛によってスパイに育てられて外務省に入り、松平は初のアメリカ大統領との会談で、自分にも思いもかけないタカ派の主張をしてしまい、その別人格をドラえもんと呼ぶようになった。そして、星新一は松平の秘書に抜擢される。
 モデルは明らかに安倍晋三。自国党の有力者は戦国武将の名、アメリカ側はハンチントンにアルツハイマーにメニエル。名前だけで笑えるのだが、中味は辛辣で、政治小説としてもサスペンス小説としてもおもしろかった。

カタストロフ・マニア 2021年3月7日(日)
 シマダミロク(26)は、二十一日間拘束で五十万円という条件につられて、新薬の治験モニターに応募した。二週間の治験を終えて、最後は脳を冷却して二十四時間睡眠を三回するというものだった。目覚めると、病院はもぬけの殻で、部屋の物入れに謝礼とヴォイスレコーダーが入っていて、「災厄は冬眠でやり過ごすのが一番です。…どうかあなただけでも生き延びてください。」というメッセージが残っていた。病院の外にも人も車もなく、信号機も自動販売機も死んでいた。駐輪場で自転車を調達して目黒の実家を目指すと、都内も死んでいてあちこちに車が放置されていた。家には置手紙があって、太陽の活動で電力網が破壊され、東京から人が出て行ったという。父からは無線機、母からは誰かが助けてくれるという龍笛が置いてあった。無線機をつけると区役所の録音音声で、伝染病発生したことが分かった。ミロクは、治験中に癒された国枝看護師が住んでいる武蔵野を目指す。
 インフラ崩壊とバンデミックの近未来を描いた作品。地下道を彷徨したり、異世界への扉が開いたり、突然女性と出会ったり、どこか村上春樹っぽいが、おもしろかった。