柴崎友香

きょうのできごと 次の町まで、きみはどんな歌をうたうの? その街の今は 寝ても覚めても

きょうのできごと 2004年5月26日(水)
 けいとと幼なじみの中沢、その恋人真紀は、中沢の友人中道の引越し祝いに京都の新居へ出かける。招かれたのは他に、友人二人とけいとが目をつけて呼ばせたかわち。「きょうのできごと」というのは、この飲み会のこと。作品は、帰りの車でけいとが目覚めるところから始まり、中沢とたわいのない話をしてまた眠りに着く。第2話は、真紀の視点で飲み会の様子が語られる。第3話は再び帰りの車に戻り、中沢の視点で描かれ、一人運転しながらけいととの高校時代のできごとを回想する。第4話は、飲み会の日の午後、かわちがガールフレンドとデートしている様子が描かれる。このエピソードで、第2話で「禿げそう」と言われていたことが納得できておかしい。第5話は、3人が帰った後のことを中道の視点で描いている。
 こうして一つのできごとを異なる視点で描いていると、若い仲間、友達同士というのが、どこか孤独に感じられてくるから不思議だ。この作品は映画化されたそうで、文庫本の最後には「きょうのできごとのつづきのできごと」という 章が加えられていて、おもしろい仕掛けがあるのだが、ちょっと余計かなという気もする。解説で保坂和志が絶賛しているけど、確かにできごとらしいできごとが何も起こらない作風は似通っているかもしれない。

次の町まで、きみはどんな歌をうたうの? 2008年5月5日(月)
 車でディズニーランドへ行くという恵太とルリちゃんに便乗して、後輩コロ助に片思いの相手へ告白させることにして、ぼくは大阪から東京へ向かっている。隣に座っているルリちゃんのことは、この前から好きになっていた・・・。
 《ぼく》のわがままに振り回される4人の珍道中。《ぼく》の一見気の利いた言葉の矛盾に気づいたコロ助の抗弁がおもしろい。高校時代に写真集を出し、バンドは人気があり、成績もいいのに、大学も残らず就職もしないで生きている《ぼく》・・・。
 「エブリバディ・ラブズ・サンシャイン」の主人公は、失恋して昼も夜も寝て過ごすようになり、半年大学へ行かなくなった女子大生。失恋の相手花田くんは、映画を作るため恋人とロンドンへ行った。「戦うこと。眠らないこと。」という主人公の決意は、花田くんのロンドン行きとどこかだぶることがあって、そして実現することができない。最後、花田くんや同じ研究室のかおるちゃんが語り手になるのは、主人公の夢・妄想なのだろうか、そういう表現手法なのだろうか。
 おもしろいが、軽すぎる印象もある。最近多い、若い人が集まっていろんな所へ行ったり、いろいろしゃべったりという、なにもない日常をたんたんと描いたような作品。口をあけてうつろな表情で立っている若い人を見ると何を考えているんだろうと思ったりするが、実は何も考えていないのだと思えてくる。青春とは本来、宙ぶらりんの時期だとも言えるのだろう。

その街の今は 2011年1月11日(火)
 28歳の歌ちゃんは、勤めていた会社が倒産して、行きつけだったカフェでバイトをしている。友達の智佐と一緒に初めて出た合コンの帰り、飲み直しに寄ったクラブで良太郎と知り合い、酔って付き合おうと盛り上がったらしい。歌ちゃんは古い大阪の写真を集めている。今自分が生きているこの街と写真の中の街がつながっている、なにか言葉にしがたい感覚に惹かれている。良太郎も古い8ミリを集めているという。そして、以前何度か付き合って、今は結婚して東京へ行っている鷺沼さんが店に来た。
 良太郎とは時々ごはんを一緒に食べるようになり、鷺沼さんには惹かれつつも相手にしないように努め、とにかく何事も起こらない。そこがほっとするところでもある。街の古い写真に惹かれるというのもわかる感じがする。万年芥川賞候補だが、芸術選奨文部科学大臣新人賞、織田作之助大賞受賞作。

寝ても覚めても 2014年7月31日(木)
 友人の春代との待ち合わせの前に一人上った高層ビルの展望フロアで、朝子は変な若い男を見かけた。春代と行ったイベントスペースで写真を販売し、ライブをやっている岡崎がいる店に入ると、さっき会った男がいた。男は麦といい、岡崎の祖母が所有しているアパートに移ってきて、朝子と付き合うようになる。麦はしばらくして姿を消し、朝子も何年かして東京へ出る。そしてまた何年かして、アルバイト先のビルで朝子は麦そっくりの男と出会う。避けていたが、ふとしたきっかけから朝子は亮平と付き合うようになる。しかしある日、麦が注目の俳優としてテレビに出ているのを見かけた。
 人物の関係や背景がよくわからないが、よく集まって食事したりしゃべったりしていて、主人公の女性は写真、今回は場所ではなくて人物、にこだわっているというのが、この作家のいつものパターン。この作品もそうだが、そのように読めば味わいがあるが、恋愛小説として読めば、なんだこれはという感想を持ってしまう。野間文芸新人賞受賞作。