青来有一

聖水 爆心    

聖水 2004年7月31日(土)
 作者は長崎市在住で、これは、被爆、さらに遡れば隠れキリシタンといった歴史、風土に根ざした作品集だ。
 「ジェロニモの十字架」:主人公は喉頭ガンで声を失っている。主人公の一族は、祖母の再婚相手がクリスチャンだったので一家で洗礼を受け、その後離婚して仏教に戻っている。ジェロニモ叔父というのは、この再婚相手との間にできた子で、できの悪い子供だったが、一族の墓地で十字架を見つけて以来、洗礼名を名乗り妙な布教活動を始める。その後行方知らずになっていたが、毎年お盆になると戻ってくるのだった。そして、お盆の食事の最中、突然主人公に「祈れ」と言い出した・・・。文学界新人賞受賞作。
 「泥海の兄弟」:有明の干潟で元ヤクザの子供の同級生と過ごした、主人公の中学生時代の思い出をつづった短編。
 「信長の守護神」:大学受験に失敗した主人公は、阿蘇で行われる映画のエキストラに参加する。主役の俳優たちのパーティーをきっかけに、同室のコロクという青年の凶暴性が現れてくる。
 「聖水」:一代でスーパーチェーンを作り上げた父は癌に冒され、数ヶ月の命。従兄弟の佐我里さんは、「聖水」という水を販売し、オラショという口伝の祈りの言葉による宗教活動みたいなことをしている。父はこの佐我里さんを頼りにし、「聖水」の奇蹟を信じているようだ。父の容態が急変し、佐我里さん がその信徒を呼んで枕元でオラショを唱え出すと・・・。芥川賞受賞作。
 「ジェロニモの十字架」と「聖水」では、明らかにうさんくさい宗教もどきが登場するが、奇蹟かと思われる瞬間があって聖性というものに揺れ動く心を描いている。 「聖水」では、主人公が付き合い始めるカヤノさんという女性がちょっとミステリアスで、作品にあいまいな雰囲気を与えていておもしろい。

爆心 2011年6月28日(火)
 「釘」:心の病から嫁を死に追いやった息子が、「神様がいると信じておるか?」と訊ねて、「それこそ、妄想じゃなかろうか」と言うのだった。
 「石」:知恵遅れの子供が中年の男になって、母ちゃんが死んだら誰が守ってくれるのか。天国はもうがらんどうなのかもしれない。それでも信徒は祈っておるのか。
 「虫」:瓦礫の下で助けられた時「まだ、生きておるね?」と問われて、ウマオイを見てこの虫が呼んでくれたのかと考えた。
 「蜜」:同級生の不倫の話を聞いてから、年下の男の子たちに目を向けるようになり、自転車の修理に訪れた中古のモーターサイクル店であの子に出会った。
 「貝」:娘が事故で死んでから、真夜中海が押し寄せて、マンションの十二階まで漬かるようになった。ゴミの集積場で片付けをしているおじさんに声をかけると、娘がいつも手伝っていたという。
 「鳥」:被爆直後の原子野で拾われた私の戸籍の父母の欄は空白だ。養母は私に「白鷺はあんたの守り神じゃけんね。」と語ってきた。
 長崎の原爆と隠れキリシタン伝来の信仰をモチーフにした短編集。「石」、「虫」、「蜜」では制への執着も描かれている。「貝」はファンタジックで印象的な作品。「鳥」も味わい深い作品で、この2つが良かった。谷崎潤一郎賞、伊藤整文学賞受賞作。