佐藤泰志 |
きみの鳥はうたえる | そこのみにて光輝く |
きみの鳥はうたえる 2024年10月16日(水) |
東京郊外の大学のある街。「僕」は書店で働いて、同じ二十一歳の静雄と一緒に住んでいる。一緒に書店で働いているやはり同い年の左知子と付き合うようになり、三人で飲み歩いたり映画を見たりしている。書店の店長や同僚との軋轢、静雄の何か事情のある母と兄。 1982年の作品で著者は登場人物より10歳上、自分自身は20代後半だったが、登場人物たちからあの頃のことが何も伝わらない。当時このような若者がいたのかどうかもわからない。社会も時代も、登場人物たちの背景も何も描かれていない。芥川賞候補作で、選考委員の選評に「青春の哀れさと馬鹿ばかしさという陳腐になってしまった主題」というのがあった。 「草の響き」は、自律神経失調症になり、医師の勧めで毎日ランニングするようになった青年の日々を描いたもの。こちらのほうがおもしろかった。 数々の文学賞の候補どまりで、1990年に自死している。十年ほど前にちょっとしたブームになって以前から興味もっていて、初めて読んだ。 |
そこのみにて光輝く 2025年5月2日(金) |
拓児とはパチンコ屋でライターをやったことで知り合った。メシに誘われてついて行くと、一軒だけ取り残されたバラックで、黒いスリップで出てきたのが姉の千夏だった。達夫は、長期ストに入って先の見えない造船会社を辞めていた。両親は亡くなり、妹は海峡の向こうで夫と暮らしていた。達夫は千夏と付き合うようになる。拓児は刑務所に入っていたことがあって、今は山から高山植物を掘り出して売っていた。千夏はスナックで働いて身体を売って、母と病身の父の生活を支えていた。 第二部の「滴る陽のしずくにも」では、達夫と千夏が結婚し、子供ができて、達夫は水産加工場で働いている。拓児が知り合った松本という男から、使い古した車を買うことになる。松本は東北地方の鉱山で水晶を掘る会社をやっていて、拓児は一緒に鉱山へ行きたがったが、松本は達夫のほうを誘ってきた。 「きみの鳥はうたえる」と違って、こちらはストーリーがあって人物像や生活感が伝わってきておもしろく読めた。「きみの鳥はうたえる」でどこか古臭いと感じたのだが、作者が三十代、四十代の時、その十年前、二十年前の世界を描いていたのではないかと思う。ATGの世界という感じ。作者は純粋に文学青年らしい。翻訳小説家と思うような端正な文体。三島賞候補作。 |