佐藤亜紀

天使 ミノタウロス    

天使 2009年12月6日(日)
 育ての父親が死ぬと、ジェルジュはウィーンの顧問官のもとに引き取られ、教育を受けた。ジェルジュは人の頭の中を読んだり、影響を与えたりする能力を持っていた。第一大戦前夜、そして大戦が勃発し、ジェルジュは顧問官の諜報としてペテルスブルグ、ベオグラードへ赴く。
 一言でいえばエスパースパイ小説。次から次と人物が何の説明もなく登場し、西洋人名だからよくわからないし、多くの登場人物が同じように能力を持った人たちで、能力自体におもしろみがなくなる。そもそも何が任務なのか、誰が敵で味方なのか、よくわからない。結局、同じ国に諜報機関がいくつかあればそれぞれが敵同士になるし、互いに足を引っ張り合うのが仕事で何も為さないというのが諜報活動というもの。というわけで全然おもしろくなかった。実の父に会って、宿敵を倒してお終い、というのも芸がない感じ。芸術選奨新人賞受賞作だそうだが、純然たる娯楽小説。

ミノタウロス 2010年11月23日( 火)
 不思議な出来事で農園を譲り受けたウクライナの成り金の子、ヴァシリ・ペトローヴィチ。第一次大戦、帝政ロシアの崩壊、そして赤軍、白軍、外国軍、武装した農民の軍団が入り乱れる中、負傷して家に戻った兄が賭博で全財産を失って自殺し、自身も命を狙われて、父親代わりの恩人を撃ち殺して家を出る。脱走したドイツ兵、家を奪われた農民の子と一緒になり、襲って物を奪っては逃げるというハイエナのような暮らしに落ち込んでいく。
 「同じような流れ者たちと悪の限りをつくしながら狂奔する」という背表紙の文句は、まったく内容と異なっている。そんなかっこいいピカレスクロマンではない。吉川英治文学新人賞受賞作。
 「それ以上に美しいのは、単純な力が単純に行使されることであり、それが何の制約もな紳士行われることだ。…誰だって銃さえあれば誰かの頭をぶち抜けるのに、徒党を組めば別な徒党をぶちのめし、血祭りにあげることが出来るのに、これほど自然で単純で簡単なことが、何故起こらずにきたのだろう。」「人間を人間の恰好にさせておくものが何か、ぼくは時々考えることがあった。それがなくなれば定かな形もなくなり、器に流し込まれるままに流し込まれた形になり、更にそこから流れ出して別の形になるのを…かろうじて食い止めているのは何か。」