佐々木譲

エトロフ発緊急電　2007年6月4日（月）

　昭和十六年一月、日米開戦に備えて、海軍司令長官山本五十六は真珠湾奇襲作戦を構想していた。日本の諜報網からそれを知った米国海軍情報部は、日系二世の斉藤賢一郎をスパイとして訓練して日本へ送り込む。賢一郎は基督教会の宣教師スレンセンの指示を受け、金森という男と一緒に軍関係者の家に侵入して書類を奪う。しかし、憲兵の捜査が身近に迫り、賢一郎は艦隊の集結地である択捉島単冠湾へ向かう。追っ手を逃れて択捉へたどり着いた賢一郎は、駅逓の女主人ゆきに保護される。そして十一月、単冠湾に巨大艦隊が姿を現した。
　日系ゆえに貧しさと差別を経験し、スペイン内戦で裏切りに幻滅し、人殺しに身をやつしている賢一郎。ロシア人との間に私生児として生まれ、偏見と悪意にさらされて育ち、客を追いかけて出奔した後、島に戻ってきたゆき。南京大虐殺で婚約者を殺され、深い失望に陥って情報部に協力しているスレンセン。朝鮮から強制徴用され、炭鉱を脱走して日本の滅亡を願っている金森。千島列島北端の島から強制移住させられたクリル人の子孫で、密かに故郷へ帰ろうとしている、ゆきの下で働く宣造。登場人物には皆暗い影が射し、多くの人物や細々としたエピソードがあとでストーリーに関連していく。
　山本周五郎賞、日本冒険小説協会大賞、日本推理作家協会賞受賞の力作。ただ、どこをどうひっくり返しても、推理作家協会賞はないと思う。この作品に限らないが。

鉄騎兵、跳んだ　2011年2月16日（水）

　「鉄騎兵、跳んだ」：貞二はモトクロス･ライダー。ジュニア・クラスに昇格してから成績が上がらない。二十三歳になって引退を決意するが、恋人の洋子は反対している。貞二は、若手の天才レーサーが出場するレースに､引退をかけて参加することにする。
　「２４６グランプリ」：俊はライダーズクラブ「ブラックバーズ」のリーダー。ある日、輸出仕様車のバイクを見かけて勝負をしかけるが、事故を起こして負傷してしまう。入院している間、クラブは活動停止状態になり、メンバーも抜けていった。
　「パッシング・ポイント」：清水は仕事をやめて北海道をツーリングしている時、居眠りして転倒してしまう。牧場の親子に助けられ、バイクが治るまでの間牧場で働くことになる。娘の澄子は清水に惹かれていくが、清水はツーリングを続けたかった。
　「ロウアウト」：戸田ボートコースで、Ｃ・Ｆ・Ｊ三大学対抗レガッタが開催された。慎一はＪ大学のクルー。十年ほど前までは力が拮抗していたが、このところＦ大、Ｃ大が力をつけ、Ｊ大は負け続けて､慎一の学生生活も勝利を知らないまま終わろうとしていた。
　「雪辱戦」：祐介は学生時代隆三とテニスの試合で負けていて、その後テニスクラブで再会して夫婦で付き合いを続けていたが、妻の惠子と隆三の浮気を知ってしまう。
　多彩な作風を誇る、直木賞、山本周五郎賞、新田次郎文学賞、日本推理作家協会賞、日本冒険小説協会大賞受賞作家のデビュー作で、オール読物新人賞受賞作。後の作風とは全く異なるバイク青春小説だ。表題作は昔テレビで映画を見たことがあったので、懐かしかった。

廃墟に乞う　2012年4月27日（金）

　「オージー好みの村」：オーストラリア人村と化した観のあるニセコで、飲食店員の女性が殺され、オーナーのオーストラリア人が疑われた。
　「廃墟に乞う」：千葉で四十代のデリヘル嬢が殺された。容疑者は十三年前の札幌の娼婦殺害事件の犯人だった。
　「兄の想い」：オホーツク海に面した港町で、若い人望のある漁師が前の親方を刺し殺して現行犯逮捕された。そして、その妹が行方不明になっていた。
　「消えた娘」：婦女暴行犯の部屋からひとり暮らししていた娘のハンドバッグが見つかった。暴行犯は逃げようとして事故死したが、娘の姿は見当たらなかった。
　「博労沢の殺人」：日高の競走馬生産牧場のオーナーが殺された。彼は、十七年前の殺人事件の容疑者だった。
　「復帰する朝」：帯広で女性レストラン・オーナーが殺された。その友人で資産家の娘が疑われていた。
　北海道警察の刑事で自宅療養を命じられている仙道孝司が､事件の関係者に依頼されたり、たまたまその地に居合わせたりして、事件の真相に迫る。ただ、休職中なのでかつて一緒に仕事をしたことのある刑事にほのめかすだけ。センチメンタルな雰囲気のある刑事小説。直木賞受賞作。