恩田陸

球形の季節 光の帝国 常野物語 夜のピクニック ドミノ
蒲公英草紙 常野物語 ユージニア エンド・ゲーム 中庭の出来事
木漏れ日に泳ぐ魚 蜜蜂と遠雷    

球形の季節 2004年4月9日(金)
 「六番目の小夜子」とか「光の帝国」はテレビドラマで見ていたので、題名がおもしろそうなので読んでみた。
 東北地方のI市の中心部にある町谷津、その山裾に公立の男子校と女子校、私立の男子校と女子校の4つの高校が建っており、そこに奇妙な噂が広がる。平凡な女の子みのり、その幼なじみの弘範、その友人仁、裕美など「地歴研」のメンバーが、その噂を調査し始めるが、その噂どおりの日に噂どおりの名前の女子生徒が姿を消す。そして2番目の噂が広がっていく。ミステリー的に言えば、この謎つまり噂の仕掛けとか首謀者はわりとすぐ明らかになるが、もう一つフ谷津という町自体にかかわるァンタジーの世界があって、そちらも徐々に明らかにされていく。最後の噂はこの世界とかかわるもので、その結末は明らかにされていない。
 人はどうしてふるさとを出て行くのだろう、逆にどうしてふるさとへ戻るのだろう。町というのは実際表の顔と、目に見えない裏の世界から成り立っているのかもしれないな、とか、そんなことを思いながら楽しく読んだ。昔のNHKのドラマなんかそうだったが、学園ファンタジーはおもしろい。

光の帝国 常野物語 2005年7月26日(火)
 「常野」から来たといわれる人々には、膨大な書物を記憶したり、未来を予知したりという不思議な能力があった。「常野」というのは地名というよりは一族をあらわす名で、その名の通り常に在野を貫き、穏やかにひっそりと暮らしてきた。ある者は何度も転居を繰り返し、ある者は未来を待ち続け、ある者は攻撃と闘い、ある者は能力を封鎖して。彼らを束ねているのは、「ツル先生」と呼ばれる百年以上も生きていると思われる老人。
 NHKのドラマでは、書物を記憶する春田家を中心にしていたが、この本では各短編ごとに登場人物が異なり、後半のほうでそれぞれの人物が交差し、「常野」の人々が再び集まり出すことが暗示されている。
 最も美しい物語は、中盤の「光の帝国」。ここで「常野」の歴史がある程度説明され、彼らが迫害され散り散りになっていく背景が描かれている。ある意味、とりとめもない連作短編なのだが、登場人物の優しさや悲しさが印象的だ。

夜のピクニック 2006年10月4日(水)
 北高鍛錬歩行祭は、朝の8時から翌朝の8時まで80キロ歩くという北高伝統の行事。深夜の仮眠までがクラス単位の団体歩行、残りの20キロは自由歩行で、順位を狙うものは走り、それ以外は仲の良いものどうしで語らいながら歩き、高校時代の思い出作りに励む。
 甲田貴子は前半はクラスの仲良し梨香、千秋と歩き、自由歩行は親友の遊佐美和子と歩くこことにしていた。貴子は三年生としての最後の歩行祭にある秘密の賭けをしていた。昨年は帰国子女の榊杏奈も一緒で、今はアメリカにいる杏奈からは葉書が届いていて、そこには「去年、おまじないを掛けといた。貴子たちの悩みが解決して、無事ゴールできるように・・・」と書いてあった。西脇融は膝を痛めていて、最後親友の戸田忍と走るか、テニス部の後輩と歩くか決めかねていた。
 高校生が長時間一緒に歩けば、話題は自然と男女交際のことになる。貴子と融が付き合っているという噂があって、忍は二人に話しかけるが、二人ともそれぞれ相手が嫌っているだろうと言うだけだ。実は融と貴子は異母 きょうだいで、お互い屈折した思いを持っていたのだった。
 恩田陸の作品だから、何かミステリーでもあるかと思っていたが、貴子の賭けとか、杏奈のおまじないとか、謎の少年とか、ミステリアスな要素もあるが、純然たる青春小説だった。24時間歩き続けるうちの心理や肉体や自然の変化、高校生たちの心の中にあること、友情や思いやりや嫉妬や憎悪や、そんなことが鮮やかに描かれている。本屋大賞、吉川英治文学新人賞受賞作。
 「昼と夜だけではなく、たった今、いろいろなものの境界線にいるような気がした。大人と子供、日常と非日常、現実と虚構。歩行祭は、そういう境界線の上を落ちないように歩いていく行事だ。」「記憶の中で、あたしは、西脇融は、どんな位置に収まっているのだろうか。あたしは後悔しているのか、懐かしく思い出すのか、若かったなと苦笑いするのか。早く振り返られればいい。早く定位置に収まってくれればいい。だけど、今あたしは、まだ自分の位置も、自分 がどんなピースなのかも分からないのだ−」「時間の感覚というのは、本当に不思議だ。後で振り返ると一瞬なのに、その時はこんなにも長い。・・・おそらく、何年も先になって、やはり同じように呟くのだ。なぜ振り返った時には一瞬なのだろう。あの歳月が、本当に同じ一分一秒毎に、全て連続していたなんて、どうして信じられるのだろうか、と。」

ドミノ 2007年9月15日(土)
 関東生命八重洲支社では、契約受付最終日に一億円の契約書を待っていた。経理対策にお菓子の買出しを頼まれて、優子は東京駅へ向かった。小学生の麻里花と玲菜は、関東劇場でミュージカルのオーディションを受けた後、東京駅へ立ち寄っていた。東京ステーションホテルのバーカウンターでは、銀行員の佳代子がある計画を秘めて男を待っていた。筑波の農家吾妻俊策は、俳句仲間と会うため、お土産を入れた「どらや」の紙袋を持って、高速バスを降り立った。同じバスから、過激派「まだらの紐」の川添健太郎が、爆弾を紙袋に隠して降りていた。東日本ミステリ連合会に所属する学生の春奈と忠司は、 次期幹事長の座を争って、映画「ナイトメア」の犯人当ての後、東京ステーションホテルのバーカウンターで人物当て競争をしようとしていた。キャンペーンのため訪日していた「ナイトメア」の監督フィリップ・クレイヴンは、東京ステーションホテルに宿泊していた。そして、留守の部屋からペットのダリオが抜け出した。俊策を待っている俳句仲間の警視庁OBの4人、佳代子のもとへ向かっている正博といとこの美江。
 何の関連もない大勢の登場人物が、「どらや」の紙袋をめぐって、ドミノ倒しのようにものすごいスピードでつながり展開していく。人物の設定や描写がおもしろいし、ドタバタ劇ではあるが楽しく読めた。こんなタイプの作品は、他にもいろいろ読んでいるが、その中では一番良かった。

蒲公英草紙 常野物語 2008年7月4日(金)
 福島の槙村の集落の大地主槙村家は、代々用水路や道路や学校の整備を私財で行ってきた名家だった。いつも客が多く、その頃は発明家の池端先生、東京美術学校を出た椎名、仏師の永慶が逗留していた。峰子の家は槙村家の土地を借りていて、父は槙村家のかかりつけ医師だった。槙村家には聡子という、病弱で学校へ通っていない娘がいた。峰子はお屋敷へ行って聡子のお相手をするように言われる。聡子は聡明で美しい少女だった。ある日、槙村家を春田と名乗る家族4人が訪ねてきた。先祖の時代にお世話になったので、春田家の人々が来たら、できる限りのことをしなければならないということだった。風変りなこの家族のことを、峰子の父は「常野の一族」だと言った。
 時代は、日清戦争、日露戦争の間。不思議な能力を持つ常野一族の中で、人の記憶や感情を「しまう」能力を持つ春田一家。芸術に行き詰った椎名、仏像彫りに苦悩する永慶。しかし、この作品の主人公は聡子だろうか。常野の血をひいた予知能力を持ち、槙村家の使命に従って生きようとする。いろいろなエピソード、超常現象的な出来事もおもしろいし、文明論的な会話も時代を反映していて興味深い。何より、ひとりひとりの真剣な思いに感動できた。

ユージニア 2008年10月9日(木)
 北陸のK市の名家青澤家で、おばあさんの米寿のお祝いに差し入れられた酒やジュースを飲んだ家族や近所の人十七人が亡くなるという事件があった。家族で生き残ったのは、盲目の美少女緋紗子だけだで、テーブルの上には「ユージニア」へ呼びかける奇妙な手紙が残されていた。事件は、オートバイで配達した若い男が遺書を残し て自殺したことから一応の解決を見ていた。その場に居合わせた当時小学生だった雑賀満喜子は、当時の関係者に取材して大学の卒論にまとめ、教授の勧めで「忘れられた祝祭」として出版した。それから十数年後、満喜子は事件のことでインタビューを受けていた。
 作品は、「忘れられた祝祭」の断片と思われる部分と、満喜子の自殺した次兄と同じゼミだった人間による取材への関係者の独白で構成されていて、次第に事件や人物の背景がわかってくるようになっている。真相に迫ったらしい満喜子にも謎が残るし、その満喜子も死んでしまい、結局あいまいなまま終わっている。最近こういうパターンも多いなと思ってしまう。宮部みゆきと桐野夏生の手法を合わせたような感じ。おもしろいことはおもしろかった。日本推理作家協会賞受賞作。

エンド・ゲーム 2009年7月7日(火)
 時子がゼミ旅行から帰ると、電話があった。会社の慰安旅行に出かけていた母の暎子が宿の外で倒れていて病院に運ばれた。医者の話ではどこにも異常はなく、深く眠りこんでいるのだという。時子は、母は「裏返された」のだろうかと疑う。時子と両親は、「あれ」が見え、そして「裏返す」という不思議な能力を持っていた。そして、父は時子が子供の頃「裏返されて」姿を消していた。何かあったらあそこに電話しろと言われていた番号に電話するとコトノ薬局というところへつながり、火浦という人物に会うよう言われる。火浦は「洗って、叩いて、白くする『洗濯屋』」だということだった。
 ミステリー的に言うと、ラストはどんでん返しの繰り返し。真相はどういうことなのかよくわからない。そもそも「あれ」とは何なのか、「裏返す」とはどういうことなのか、なぜ敵対し戦っているのかが、そもそもよくわからない。しかし、スリリングで謎に満ちていておもしろかった。「 光の帝国 常野物語」中の「オセロ・ゲーム」の派生作品。

中庭の出来事 2009年11月4日(水)
 煎じつめて書くと、神谷という戯曲家がゆすっていた女優を告発する内容の戯曲を書き、その女優を含む3人でオーディションを始めるが、神谷はホテルの中庭のパーティーで毒殺され、その犯人と思われる女優が同じ中庭でもう一人の女優に告発されている最中に毒殺される。あと2つのシーンがあって、ビルの中の中庭で座っていた若い女性が突然死亡する。もうひとつは霧深い山の中を二人の男が歩いていて、その話をしている。劇中劇なのだが、神谷が劇中劇の登場人物だとすれば、その他の部分も劇中劇ということになる。最後まで読んでわかるのは、戯曲の帰結。つまり長々と読んで、何も起ってはいなかったということになる。
 山本周五郎賞受賞作ということで読んでみたが、はっきり言ってつまらなかった。「ユージニア」もそうだったが、ミステリーに新しい手法を導入しようという意図があるのかもしれないが、書き方でごまかすことにしかなっていないと思う。

木漏れ日に泳ぐ魚 2018年1月12日(土)
 引越しの決まったがらんとしたアパートの部屋で、男と女は酒を飲みながら話をする。二人で旅した山地で、ガイドの男が死んだ。事故として処理されたが、お互い相手が殺したのではと疑っている。二人は別々に育った双子、大学で出会い、付き合うようになり、双子だったと知り、一緒に住むようになった。そして男は生まれる前に去った父親だった。その旅行での出来事、幼い日の思い出など、とりとめもなく話すうち、二人はある真相にたどり着く。
 ミステリー的に言うと、記憶にまつわるひとつのパターンと言えなくもないが、男と女の愛についても物語という感じでもある。

蜜蜂と遠雷 2019年7月21日(日)
 芳ヶ江国際ピアノコンクールは、新しい才能が現れるコンクールとして注目を集めている。パリのオーディションに現れた風間塵という十六歳の少年は、履歴が空白だが、伝説的なピアニスト・ホフマンに師事し推薦状があり、その演奏は審査員やオーディエンスに衝撃を与えるものだった。栄伝亜夜はジュニアコンクールを制覇しCDデビューも果たしていたが、十三歳の時母が急死するとピアノを弾く理由を失ってコンサートから逃げ出していた。その後音大に入り、勧められてコンクールを目指すことになった。高島明石はサラリーマン家庭に育ちながらも、将来を嘱望され音大に進んだが、普通ではない世界に棲むことを恐れて楽器店勤務のサラリーマンになっていた。そして28才になった今、コンクールに挑戦することにした。母がペルーの日系三世であるマサル・カルロス・レヴィ・アナトールは、ジュリアードの隠し玉と言われる本命だが、幼い頃日本に住んでいたことがあって、その時近所に住む少女のピアノに魅せられて、彼女のレッスンについていきピアノを弾くようになっていた。
 またピアノか、それも上下2冊、と思ったが、読み始めるとおもしろくてグイグイ読んでしまった。楽曲や演奏について、よくこれほど写実的に物語を作って描写できるものだと感心するが、ちょっと文学的すぎるかもしれない。直木賞・本屋大賞 同時受賞作というだけのことはあると思う。それにしても、ホラー、ファンタジー、ミステリー、青春物と、よくこれだけ書けるものだ。