岡田利規

わたしたちに許された特別の時間の終わり ブロッコリー・レボリューション    

わたしたちに許された特別な時間の終わり 2010年3月5日(金)
 「三月の5日間」:不要になった映画の前売券を売った若い女から聞いた演劇のパフォーマンスを仲間たちを見に行き、そのライブハウスで会った女の子とホテルへ行き5日間過ごす。アメリカのイラク攻撃前夜、パフォーマンスはそれについてのトーキングだった。そしてこの5日間、テレビのニュースを見ないで過ごすことにする。
 「わたしの場所の複数」:布団の上で考え事をしながら横になり、バイトを休むことにする。夫は深夜のファミレスのバイトを終え、次のドラッグストアのバイトまでどこかでぶらぶらしているかもしれない。
 「三月の5日間」は視点が男、女、男、もう一人の女と変化していく独白劇のような感じ、「わたしの場所の複数」では人のブログや夫の行動をあたかも見ているかのように物語る。ロブ=グリエのような無意味なくらいに執拗な描写が特徴的で、硬質な印象を与えるが、おもしろいわけではない。大江健三郎賞受賞作。

ブロッコリー・レボリューション 2025年10月13日(月)
 「楽観的な方のケース」:気に入っていた洋菓子店のあとにパン屋が開店して、素敵なパン屋だったので、憧れていた恋人と二人で美味しいパンと美味しいコーヒーの朝食を食べる生活のために恋人を作り、アパートに呼んで一緒に食べて一緒に暮らすようになる。ある時、パンの値段が上がることになった。
 「ショッピングモールで過ごせなかった休日」:日曜日の起きがけピンポーンと鳴って、背のひくい青白い顔の男が立っていた。フジワラくんという男は販売や勧誘ではないと言い、ラップを始めた。
 「ブレックファスト」:妻のありさは飛行機で東京に向かっているところだ。彼女は福島の災厄から逃れて東京を出ていた。飛行機が着陸し、電車に乗り、タクシーでホテルへ向かい、ぼくを呼び出す。彼女からなにも言ってこないでいたから、ぼくはそれを知らない。
 「ブロッコリー・レボリューション」:ぼくはそのことを知らないが、きみはぼくのハラスメントから逃れて何も言わずにバンコクへ行き、アパートメントタイプのホテルの部屋で過ごしている。不在に気づいたぼくがメッセージを送っても既読もつかない。ぼくは知らないが、君はバンコクのレストランで食事を楽しみ、友人と食事し、プールで泳ぐ。
 一人称と二人称で語られるが、二人称の部分は語り手が関知しない行動である。相手の意識や行動を語り手の想像で描いているとも言えるし、相手を主人公としたドラマの中に語り手の意識や行動が挿入されているとも言える、微妙な感覚の作品だ。その点でおもしろいかもしれない。作者が演劇作家だからというわけでもないが、不条理演劇っぽい感じもする。三島賞受賞作。