荻原浩

オロロ畑でつかまえて 明日の記憶 海の見える理髪店  

オロロ畑でつかまえて 2005年7月28日(木)
 人口三百人、東北地方の片田舎のまた田舎の牛穴村。青年会、と言っても30過ぎのほとんどが独身の男たちだが、のメンバーもわずか8人になって野球はできず、祭のみこしを担ぐこともできない。危機感を覚えた、ただ一人東京の大学へ通っていた慎一は、今は広告会社にいる学生時代の友人に「村おこし」を依頼することを決意する。会員の悟とともに東京へやって来たが、大手広告会社には相手にされず、たまたま見かけた会社に頼むことになる。そこは 倒産寸前、社員わずか4名のユニバーサル広告社だった。その「村おこし」の起死回生の企画とは・・・。
 各章に広告業界用語がつけられていて、オリエン、プレゼン、ロケハン、ティーザーと進んでいく。タイトルは明らかに「ライ麦畑・・・」のもじりだが、内容的には「7人の侍」に影響されたもの。登場人物が一人ひとり個性的で、同じ業界の話ということもあって、すごくおもしろかった。

明日の記憶 2007年12月16日(日)
 佐伯は業界5位の広告代理店の営業部長。最近物忘れが多くなり、前から悩まされている不眠症に加えて、頭痛やめまいもしてきたし、仕事でのミスも出てきた。書店で手にとったうつ病の本を読むと、どれもあてはまるようだ。睡眠薬を処方してもらうという名目で大学病院の精神科を受診すると、CTスキャンやMRIをとられ、さまざまな検査を受ける。三度目には妻の枝実子もついてきて、若い医師が簡単な記憶テストをした後で、「おそらく若年性アルツハイマーの初期症状だとおもわれます」と告げた。佐伯は、会社には何も告げずに通うが仕事のミスは増え、異常なほどメモをとりポケットに入れるようになる。枝実子は、病気にいいといわれる魚や緑黄色野菜や玄米を食事に出すようになる。妊娠して結婚が決まった娘の式までは勤めなければと思うのだが、症状は思わぬ速さで悪化していく。
 徐々に記憶が失われ、精神活動が停止していく、フェイド・アウトの死という恐怖の中で、佐伯は自分を肯定していこうとする。一人称で認知症になった人間の意識をどのように描くのか疑問だったが、作中の主人公の備忘録の文章が実際の意識レベルを表しているのかもしれない。映画化されて話題になった、山本周五郎賞受賞作。
 「長くまぶたを閉じていることができなかった。眠れないのではなく、眠るのが怖かったのだ。朝、起きた時、自分がまったく知らない場所−自分の家であることを忘れてしまった場所−で目覚めるような気がして。」

海の見える理髪店 2019年12月8日(日)
「海の見える理髪店」:いつもは美容院へ行っているが、結婚を前にネットで噂になっている海辺の小さな町の理髪店へ行った。椅子に座ると、店主は自分のことを語り出した。
「いつか来た道」:長年縁を切ってきた母親に、弟に言われて会いに来た。画家で自分の趣味を子供に強要する母だった。
「遠くから来た手紙」:仕事一途の夫に愛想をつかして実家に帰ってきたのだが、弟が嫁を連れて帰ってきた実家も居づらい。そのうち、妙なメールが入るようになる。
「空は今日もスカイ」:母と一緒に居候しているおじさんの家は居づらいし、学校もいやだ。家出することにして歩いていると、ゴミ袋をかぶった男の子と出くわし、一緒に海を目指す。
「時のない時計」:平凡なサラリーマンだった父の形見の腕時計を母から受け取り、商店街の古めかしい時計店に修理を頼むと店主は…。
「成人式」:5年前事故で亡くなった娘宛に、成人式の着物のDMが届いた。夫婦で憤ったのだが、ふとある計画を思いつく。
 直木賞受賞作だが、どの作品もこんなストーリー他であったよなという感じがする。一言で言うと凡庸。「成人式」は荻原浩らしい痛快なところがあって、「空は今日もスカイ」もこの中では異質な作品でおもしろかった。