乗代雄介 |
本物の読書家 | 旅する練習 |
本物の読書家 2024年4月6日(土) |
「本物の読書家」:わたしは、大叔父を高萩の老人ホームへ送り届けるため一緒に列車に乗った。三万円のお金をもらったのと、彼には川端康成からの手紙を持っているらしいという噂があっったので。隣に座った身なりのいい男が大阪弁で話しかけてきて、話の成り行きで作家の誕生日を次々と答えた。男は「わしは単なる読書家、あんさんと同じ穴の貉でんがな」というのだった。反発を覚えながら話しているうちに、大叔父が自らの秘密を語り出した…。 「未熟な共感者」:登録できる唯一残った文学のゼミを選んで出席すると、男子一人、女子二人だけで、間村季那という美しい学生と話すのが楽しみになった。よくトイレに中座する先生はその後失踪し、私に講義録のノートが送られてきた…。ストーリーは一応あるが、内容はサリンジャーを中心とする難解な文学論がほとんど。 「本物の読書家」はミステリー仕立てのストーリーはあるし、「未熟な共感者」もストーリー的にはミステリーっぽいところもあるが、ほとんど文学論といっていいもの。最近読んだ室井光弘や千葉雅也の系列のような感じ。野間文芸新人賞受賞作。 |
旅する練習 2024年11月15日(金) |
サッカー名門中学に入学が決まった姪の亜美(アビ)が、夏に鹿島のサッカー合宿所から持って帰った文庫本を返しに行きたいというので、折しも新型コロナウィルス感染防止のため休校ととなった三月の初め、利根川の堤防道をドリブルして練習しながら鹿島まで歩いて旅することにした。河川敷で亜美がリフティングの記録に挑戦している間、私は練習として風景をノートに描写する。途中、若い女性と一緒になるが、彼女も就職前に心酔するジーコゆかりのカシマスタジアムを目指しているという。 利根川べりで育った柳田國男からの引用や植物、水鳥について記述が多くて、しばしば随筆調になってしまうが、著者本人も植物、鳥の図鑑を持って風景描写の練習をしていたそうだ。亜美という少女が魅力的に描かれていて、楽しく感動的なロードノヴェルだが、それだけに思いもかけない結末だ。小説の中にも、物語の中の「私」の外に書いている「私」が現れることがあって、物語が終わった時小説が書き始められるんだなと納得する。三島由紀夫賞、坪田譲治文学賞受賞作。 |