乃南アサ

凍える牙 地のはてから 水曜日の凱歌  

凍える牙 2006年5月6日(土)
 深夜のファミリーレストランで客の男が突然炎上して焼死した。元白バイ隊員で機動捜査隊の音無貴子は捜査に駆り出され、立川中央署の中年刑事滝沢とコンビを組んで捜査にあたる。その後、別の男の獣に咬まれた死体が見つかる。その咬み跡が焼死した男の脚にあったものと同じだったことから、2つの事件の関連が推測された。捜査本部は、被害者の背後関係、薬品、大型犬などから捜査を進めるが、貴子はウルフドッグの存在に行き着く。
 事件と捜査と結末がテレビドラマを見ているように進行していくので、ミステリーと呼べるのかどうかは疑問だが、貴子の孤独や焦燥、中年刑事との不和、その中年刑事の胸の内、それぞれの家族の事情、警察の中での女性刑事の立場などがドラマ風に描かれていて、おもしろく読めた。もう一つの主人公ともいえるウルフドッグの存在感や追跡劇もダイナミックに描かれている。直木賞受賞作だが、バイクを駆る女性刑事、ウルフドッグといった異色さが審査員の興味を引いたのだろう。

地のはてから 2013年6月3日(月)
 登野原つねの夫、作四郎は農家の四男坊で、本家の兄に頼って働きもせず、東京へ出て株で失敗し、北海道開拓団に加わることになり、家族四人は夜逃げ同様に福島を去った。移住した先は知床、斜里から船で宇登呂へ行き、そこからほとんど道もない 原生林の中のイワウベツだった。 掘立小屋に暮らし、森を切り開いていくが、イナゴの害にあって入植は失敗し、作四郎は家を出て酒におぼれ、海に落ちて死ぬ。つねは、男の子3人を抱えた栗林彦次郎と再婚する。そして、小学校を卒業した娘のとわは、小樽の商家へ奉公に出される。
 後半は、とわが成長し、恋愛し、結婚し、子供を育てながら戦中を生き抜く様を描く。おしんのような話だが、岩尾別開拓の史実に基づく物語だそうだ。ずしりと重い作品だ。中央公論文芸賞受賞作。

水曜日の凱歌 2023年7月6日( 木)
  昭和二十年三月十日の午後、国民学校高等科の二宮鈴子が勤労動員から帰って上野駅に降りると、地獄さながらの光景が待っていた。転がった死体の中を本所までたどり着き、自宅があった場所で貼り紙を見て母と会えた。妹は逃げる途中ではぐれてしまったそうだ。運送業を営んでいた父は事故で亡くなり、長兄は戦死し、次兄も学徒出陣したままで、裕福で幸福な家族は母子二人だけになってしまった。父の友人宮下の世話で東京を転々として、八月十五日の終戦を迎える。女学生時代英語が得意だった母に、宮下が仕事を持ってくる。進駐軍からの日本婦女子の防波堤となる施設で、通訳として働くということだった。その施設が用意される大森海岸に移り、鈴子は髪を刈られ 男子の格好をさせられる。 さらに熱海に移り、米軍将校の庇護のもとに不自由なく暮らせるようになると、鈴子は学校を抜け出して町をさまよい歩き、母を冷ややかな目で見るようになる。
 東京大空襲とか、いわゆるパンパンとか、言葉だけで知っていただけにすぎず、RAA(特殊慰安施設協会)というものがあったということさえ知らなかった。 思えば、焼け跡からどうやって復興したのか不思議でしかない。芸術選奨文部科学大臣賞受賞作。