中上紀

彼女のプレンカ      

彼女のプレンカ 2006年7月17日(月)
 「彼女のプレンカ」:ハワイの大学に留学している咲は、母親がタイ人で、何度か東南アジアを訪れていた。卒業を間近に控えたある時、同じ日本人留学生の裕美子にタイへの卒業旅行に誘われる。咲は、母の祖母の出身である北部の少数民族アカ族の村を訪ねたいと思っていた。咲の思い出の中にあるのは、民族衣装をつけた少女がぶらんこに乗っている写真の絵葉書だった。チェンライの山岳民族博物館の管理人でアカ族出身のアピー、その妹ミーシアと出会い、彼らの物語を知る。すばる文学賞受賞作。
 「八月のベーダ」:版画家で世界各地を放浪していた父の消息が知れなくなり、叔父からミャンマーの黄金の蝶の伝説を聞かされた妹はミャンマーへ行き、船から川に落ちて死んだ。昆虫研究家である叔父に誘われて、千秋は黄金の蝶がいるというモゴックを訪れる昆虫研究会のツァーに同行する。
 どちらの作品にも共通しているのは、東南アジアの地に消え去りたいという誘惑だろうか。「彼女のプレンカ」の裕美子はその夢をかなえたもう一人の咲なのかもしれない。章ごとに視点が主人公、現地の人物と交替し、それぞれの内面や物語が語られるのだが、東南アジア事情をあれもこれも盛り込んだみたいで、焦点がぼやけてしまうように感じる。特に「八月のベーダ」のほうは、父と妹の失踪へのこだわりがあまり出ていないので、結末に整合性が感じられない。
 それと、一観光客でしかない日本人が、東南アジアの人々の内面に踏み込むことが妥当なことなのだろうか。別の女性作家の作品の時も書いたが、どこか植民地主義的な不快感も感じられるのだが。