長嶋有

猛スピードで母は 夕子ちゃんの近道 三の隣は五号室  

猛スピードで母は 2005年4月13日 (水)
 「サイドカーに犬」:薫の小四の夏休みが始まると、母が帰ってこなくなった。父は仕事をやめていて、そのうち洋子さんという若い女性がやってきて食事の支度をするようになり、父の友人が集まってマージャンをするようになる。それまでの母のルールとはまったく無縁の洋子さんに薫はなついていく。文学界新人賞受賞作。
 「猛スピードで母は」:小六の慎は母と二人暮らし。母は以前ガソリンスタンドで働いていて、今は市役所の非常勤で返済督促係をしている。ある日「私、結婚するかもしれないから」と言われ、そしてその相手の男性に引き合わされる。芥川賞受賞作。
 どちらの作品も、ちょっと風変わりでかっこいい女性(洋子さん、母)と、彼女をぼんやり眺め、そして心の深いところで感じている子供を描いている。女性的なしっとりした雰囲気で、子供の感じ方もおもしろかった。「すごいね」とか「いいと思いますよ、という去年の靴屋の店員の言葉を思い出した」とか。

夕子ちゃんの近道 2009年4月26日 (日)
 西洋骨董屋フラココ屋の二階、倉庫代わりなので布団を敷くといっぱいになる。店長に言わせると五代目だという。店の常連で近所に住む瑞枝さんは店長の知り合いいらしい。なにも買わないがいろいろ持ってきてくれる瑞枝さんは初代らしい。店の隣は大家の八木さん宅で、間の空き地で八木さんの孫で美大生の朝子さんが卒業制作を作っている。妹の夕子ちゃんは定時制高校に通っていて、フラココ屋の階段から二階のベランダへ入って行ったりする。店に絵を預かっていたフランス人のフランソワーズは、日本語が達者で相撲通だ。店長の幹夫さんは元サラリーマンで、近所のアパートに妻子と住み、実家の蔵を本店にしている。〈僕〉は店番をしたり、店長について行ったりしながら、冬から夏まで過ごしていく。
 ちょっと風変わりな人たちと繰り広げられる、ゆるい日常。主人公の〈僕〉はフリーターの若者っぽいが、実は30は過ぎていて、どこかに家があって、仕事も家も捨てて居候兼店番をしているらしい。変人たちの生態をおもしろおかしくに観察しながら、主人公が抱えているはずの何かがまったく現れてこないのが、少し不思議な印象を与える。大江健三郎賞受賞作だそうだ。

三の隣の五号室 2020年1月18日 (土)
 横浜の郊外駅近くに立つアパート、第一藤岡荘、その二階の真ん中の部屋五号室、その隣は四号室ではなく三号室。6畳、4畳半、台所、風呂、トイレ付きの普通のアパートだが、障子だらけの変な間取りだ。そこに住んだのは、単身赴任の中年男、引退した老夫婦、近くの大学の学生、失恋したOLなどいろいろ。アパートの住人を順に紹介するのではなくて、間取りの使い方、ガス、水道、風呂、エアコン、テレビ、あるいは風邪、タクシーといったテーマごとに住人の生活やキャラクターを描いていく。第一話の後に、扉と推理小説のような間取り図と目次がある。まさに主人公は部屋だ。66年から15年までの間に次々と居住者は入れ替わり、その時々の出来事や風俗も描かれて、なかなかおもしろい。谷崎潤一郎賞受賞作。