村上春樹

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド ダンス・ダンス・ダンス 海辺のカフカ アフターダーク
1Q84 国境の南、太陽の西 色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 騎士団長殺し
女のいない男たち      

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド 2006年3月17日(金)
 2つの世界の2つの物語が交互に並行して進んでいく。「ハードボイルド・ワンダーランド」の主人公は35歳の「組織(システム)」に所属する計算士。情報保護のためデータを頭の中で暗号化する。もう一つ「世界の終り」は、高い壁に囲まれた一角獣の住む街。主人公は若い男性で、門番に影を切り離されて外の世界の記憶をすべて失い、図書館で一角獣の頭骨から古い夢を読むことが仕事になる。影を失った街の人々は、心も持っていないのだった。
 計算士が仕事を依頼された老博士からもらった土産が一角獣の頭骨だったことから、2つの世界がリンクし始め、部屋を襲われ、老博士からも救助の要請があって、否応なく冒険の世界に巻き込まれていく。「ハードボイルド・ワンダーランド」の事件の真相は何なのか、「世界の終り」とは何なのか、そして2つの世界はどう関係しているのか、SF仕立てでやミステリー的な興味もそそって、おもしろかった。
 久し振りに村上春樹の作品を読んだ。それは、一人の作家は2〜3冊読めばわかるという経験則からだった。この作品は、 確かに文学、音楽、映画、料理といった趣味の話題を散りばめた村上春樹カラーという感じだ。二十年近い時代の隔たりも感じなかった。ただ、終りがあっけない感じもした 。

ダンス・ダンス・ダンス 2006年12月4日(日)
 奇妙な事件に巻き込まれてから四年、僕はまたいるかホテルの夢を見るようになった。消えた彼女がそこで僕のために涙を流し、僕を待っている。再び出発点に戻った僕は、いるかホテルに行き、彼女に会おうと決める。
 札幌に着いた僕の目の前にあったのは、巨大なビルディングに変貌したドルフィン・ホテルだった。以前のドルフィン・ホテルについて聞いても誰も知らない。後で受付の眼鏡の女の子が、エレベーターで真っ暗な 階に降り立った話を告げた。偶然迷い込んだその真っ暗な空間で、僕は羊男と再会する。羊男は、「あんたが求め、手に入れたものを、おいらが繋げるんだ。・・・踊るんだ。踊り続けるんだ。なぜ踊るかなんて考えちゃいけない。意味なんてことは考えちゃいけない。意味なんてもともとないんだ。そんなこと考えだしたら足が停まる。」と言った。
 街を歩いていて、トイレを借りるついでに入った映画館で友人の五反田君が出ている映画を見ていると、一つシーンでカメラが回り込んで映し出した女の顔は彼女だった。何度も繰り返しその映画を見て、僕は東京へ帰ることにする。そして、写真家である母親 に置き去りにされた十三歳の少女ユキを連れて羽田に降り立つ。ユキは「羊の毛皮をかぶった人を見たでしょう?」と言った。
 「羊をめぐる冒険」の続編だそうだが、もう内容は覚えていない。単行本で読んでお気に入りの作家だったのに、なぜかその後まったく読んでいなかった。
 この作品もミステリー仕立てのところがあり、現実的な面ではある程度推測できる。しかし、ミステリーのようにすべてが明らかになって終りというわけではない。バブルの文明批評や人生訓的な警句、つまらないジョーク、ポップスは村上春樹ワールドという感じだが、今思えば確かにカフカ的でもあるし、霊的な体験は吉本ばなな的でもあるような。よく村上春樹の初期の作品は虚無的と評されているようだが、読んでいて村上龍と共通するようなものが感じられた。それは、直感的なヒューマニティに対して誠実であること、ということだろうか。

海辺のカフカ 2008年2月27日(水)
 15歳の誕生日がやってきたとき、<僕>は家を出る。リュックに父の書斎の姉と写った写真を入れる。母は4歳のとき、姉を連れて家を出ていた。中学に入ってから、その日のために<僕>は身体を鍛え、誰とも口をきかずに過ごしてきた。行き先は、地図を眺めて向かうべき土地であると思えた四国と決めていた。夜行バスで高松に着いた<僕>は予約していたビジネス・ホテルに宿泊して、あらかじめ調べておいた甲村記念図書館へ通い、館員の大島さんという青年と親しくなる。8日目の夜、気がつくと<僕>は神社の林に倒れていて、Tシャツの胸には大量の血が染みついていた。
 ナカタさんは小さい頃事故にあってから頭が悪くなり、字も読めないが、知事から補助をもらい、猫と話ができることから猫探しを引き受けて暮らしていた。猫が集まる広場があって、そこに奇妙な縦長の帽子をかぶった背の高い男が現れて猫を捕まえていると聞きだして、ナカタさんはその空地を見張る。ある日、巨大な黒い犬が現れて言われるままにあとをついていくと、ジョニー・ウォーカーというシルクハットをかぶった長身の男がいた。彼は猫の腹を切り裂き、心臓を食べて、首を切って冷凍していた。探している猫を返す条件は、彼を殺すということだった。
 <カフカ>と名乗る少年と不思議な能力を持つナカタさんの物語が並行していき、ミステリアスでどんどん引き込まれる。警句に満ちた文章、音楽や文学の引用、料理は、いつもの村上春樹ワールドだ。ただ、収束してみるとあっけないというかあまり意味のない結末で、雰囲気だけが良かったという印象もある。魅力的な女性に出会うたびに、母では、姉ではと疑う少年。そして、ナカタさんのストーリーは収拾がつかなかったようにも思える。とりあえず楽しめた。

アフターダーク 2008年12月10日(水)
 深夜のデニーズ。一人本を読んでいる女の子に、入ってきた若い男が「君は浅井エリの妹じゃない?」と声をかけ、向かい側に腰をおろして話しかける。一方、部屋の中でエリはずっと眠り続けている。バンドの練習のために男が出て行くと、しばらくして大柄な女が入ってきて、「浅井マリさんだね?」と言う。高橋に中国語がぺらぺらにしゃべれると聞いたという。連れて行かれたラブホテルでは 、中国人の若い女が客に身ぐるみはがされて暴行されていた。暴行した男白井はオフィスに戻り、明け方タクシーで帰る。エリは部屋のテレビの画面の中で、白井のオフィスに移動して閉じ込められる。
 ストーリーをなぞってみても何の意味もない気がする。いつもの村上春樹風の風景。音楽や食へのこだわり。そして文明批評的な言葉。マリとエリの間にはお互い心の壁があるらしい。高橋はマリに知的好奇心を抱く。中国人の女の子の雇い主は、暴行した男を執拗に追う。
  村上春樹の本は上下2巻ものが多くて、物語が進んで行くうちにいろんな人物やプロットが交錯してくるのだが、この作品では一晩の風景を描いただけで、物語がまだ半分も行っていないような感じ。「私たち」という視点の作り方に新味があるのだろうか、別におもしろみはないが。

1Q84 2012年6月13日(水)
 青豆は、仕事に間に合わせるため、タクシーの運転手に教えられた首都高の非常階段を下りた。タクシーの中では、なぜ知っているのかわからないヤナーチェックの「シンフォニエッタ」が流れていた。そして、その時からこの世界が以前とは微妙に変わっていた。青豆は、「1Q84年」と呼ぶことにした。天吾は、編集者の小松から新人賞の応募作の書き直しを依頼された。その作品は、ふかえりという少女が書いた『空気さなぎ』という小説で、天吾自身選考に残してほしいと望んでいたものだった。天吾は、予備校の数学教師を務めながら、小説を書いて新人賞に応募し、小松から応募作の下読みや小文の仕事をもらっていた。ふかえりは、『さきがけ』という宗教集団のリーダーの娘で、そこから脱出していて、『空気さなぎ』はそこでの経験を書いたものらしかった。青豆は、スポーツインストラクターをしながら、個人客である老婦人の依頼でドメスティック・ヴァイオレンスで女性を苦しめる男を抹殺する仕事をしていた。そして、次の標的は『さきがけ』のリーダーだった。
 ミステリーのようでもあり、SFのようでもあり、ストーリーや人物設定は興味深く読めた。オウム事件はこの10年以上あとだが、明らかにそれを意識している。ただ、それがテーマとして掘り下げられているわけではない。愛と思いの強さがすがすがしく感じられるファンタジー。毎日出版文化賞受賞作。

国境の南、太陽の西 2015年1月28日(水)
 「一人っ子」である僕は、小学校で出会ったただ一人の「一人っ子」、小児麻痺の影響で左脚を軽く引きずる島本さんと親しくなった。しかし、別の中学校に進み、そのうち会わなくなった。高校ではイズミというガールフレンドを作ったが、彼女の従姉寝たことで深く傷つけてしまった。大学を出て教科書出版会社に就職し、三十になって旅行で出会った有紀子と結婚した。そして、彼女の父の援助を受けて青山でジャズバーを始め、青山のマン所に住み、BMWに乗り、アルマーニを着、二人の娘の父になった。そんなある日、店に島本さんが現れた。
 趣味の良さ、ミステリアスな雰囲気でおもしろいことはおもしろいが、いまいちピンとくるものがない。村上春樹ファンではない女性が読んだら、頭に血が上るんじゃないだろうか。

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 2016年1月24日(日)
 大学二年の夏から、多崎つくるは死ぬことだけを考えていた。高校時代の親友、名前に色のつくアカ、アオ、シロ、クロの四人から突然理由も告げず前年を言い渡されたのだ。四人は名古屋に残り、つくるだけ東京の大学へ進学していた。再び生に向かった頃出会った年下の友人灰田も、やがて何もも告げず去って行った。三十六歳になったつくるは、付き合い始めた沙羅に、乗り越えてもいい時期に来ている、拒絶された理由をあなた自身の手で明らかにしてもいいと言われた。名古屋へ行きアオに会うと、シロがつくるにレイプされて妊娠したというのがその理由だった。アカにも会い、そして結婚してフィンランドへ行ったクロに会いに行く。
 いつものようにミステリアスで、音楽を基調において、そして尻切れトンボの印象が残る作品。絶縁された時何故とも問わず、灰田が去った時も去られるがままだった。つくるという人物像は、選んでもらうことを待つだけなのだろう。グレーに当たる灰田のエピソードはどんな意味を持つのだろう。いろいろ分析しながら読めば、興味深いかもしれない。

騎士団長殺し 2019年5月25日(日)
 妻に突然離婚を切り出された私は、車で北海道、東北を彷徨った後、友人の雨田の父で高名な日本画家が使っていた伊豆の家を借りて、肖像画の仕事もやめて、絵画教室の先生をしながら自分の絵と向かい合っていた。屋根裏から物音がして、覗くと梱包されて絵があって、未発表の「騎士団長殺し」という絵だった。画商から肖像画の依頼があって、どうしてもということで依頼主に合うと、谷の向かいに住む免色という風変わりな男だった。夜中鈴の音が聞こえて眠れなくなり、音の出所を探して免色に相談すると、工事業者を入れ音の出所の穴を探し当てる。ある夜、「騎士団長殺し」の絵の中から抜け出したような男がいて、自分は「イデア」だと言う。一方、自分の肖像画に満足した免色はもう一つの依頼をする。近くに住むまりえという少女が自分の娘かもしれない、その肖像画を描いてほしいというものだった。
 あれこれてんこ盛りで謎は交錯していくのだが、終わってみれば、いつものように何だったのという感じ。おもしろいのだけれど。

女のいない男たち 2022年6月24日( 金)
 「女のいない男たち」:映画化されてアカデミー国際長編映画賞を受賞して話題になった作品。読んでみると、映画の宣伝文句とは違う感じがする。
 「イエスタデイ」は、主人公の語り口がいかにも村上春樹らしい。「独立器官」はいまいちピンとこない。「シェラザード」は主人公がなぜか幽閉されているらしいところ、「木野」は謎の男が現れて遁走旅行を始めるといったミステリアスな雰囲気が村上春樹的だ。というだけで、たいしておもしろくはなかった。