水村美苗

私小説 from left to right    

私小説 from left to right 2004年4月1日(木)
 扉には「日本近代文学 私小説 from left to right」とある。人を食ったようなタイトルである。日本初の横書きbilingual小説だそうだ。
 主人公水村美苗はアメリカかぶれの両親の転勤で12歳の時渡米し、20年目を迎えた。どんどん派手になってボーイフレンドを次々と作る姉の奈苗とは対照的に、アメリカや英語になじめず日本の小説を読みふけって成長した美苗は、仏文の大学院で卒業のための口頭試験を先送りしている。母は父を老人ホームに入れて、家を売り払って若い男とシンガポールへ行ってしまい、姉は恋愛騒動の末ピアノをやめて彫刻を習って、アルバイトしながらマンハッタンで暮らしていて、しょっちゅう電話をかけてきては姉妹で長話をしている。そんな12月のある日の一日を描いた作品なのだが、追憶が次々と膨らんでいき、そのたびにアメリカ人になりきれない東洋人の、またアメリカ自体が抱える孤独が強調される。美苗にとって口答試験を受けるということは、日本に帰って日本語で小説を書くということのスタートであって、姉や家族の「私小説」的なしがらみを捨てることでもあったのだ。
 日本とアメリカ、女性、32歳という年齢。変えようとすることも、諦めようとすることもできない人生のポジションの、焦燥感、孤独感が痛いくらい伝わってくる。それにしても、横書きというのはスペース効率がいいらしくて、読んでも読んでもページが進まないし、人生で出会った人間すべてを紹介しようとしているのかというくらい登場人物やエピソードも多い。げにおそろしきは女の長話。