宮部みゆき

我らが隣人の犯罪 理由 模倣犯 本所深川ふしぎ草紙
火車 スナーク狩り 名もなき毒 東京下町殺人暮色
パーフェクト・ブルー 楽園 過ぎ去りし王国の城  

我らが隣人の犯罪 2003年7月3日(木)
 日曜日の昼、車を走らせている時は、よくNHK-FMの「日曜喫茶室」という番組を聴く。学生時代からやっているような気がするので、かなりの長寿番組だ。いつだったか、女性作家がゲストで出ていて、速記の仕事をしながらカルチャーセンターの小説講座に通ったというような話をしていた。その頃気に入っていたCROWDED HOUSEの「DON'T DREAM, IT'S OVER」をリクエストしたことをよく覚えている。その頃は読んでいなかったが、何となく最近名前をよく見る宮部みゆきという人じゃないかと思っていた。
 この本は、タイトルのデビュー作を含む初期の短編集。宮部みゆきの作品にはよく少年、平凡だが素直で真実を直視するような少年がよく出てくる。タイトル作品と「この子誰の子」もそうだし、そのほかの作品の大人もそんな雰囲気を持っている。この中で純粋なミステリー、殺人事件を解決するのは「祝・殺人」だけ。「この子誰の子」は父親の隠し子という赤ちゃんを連れ来た女性、「サボテンの花」はなぜか騒動を起こすクラスの子供たち、という北村薫や加納朋子風の謎解き。本格ミステリー、SF・超能力ミステリー、時代物と、天才的な創作力の作家だ。

理由 2005年8月22日(月)
 嵐の夜、荒川区の高層マンションから人が転落死した。目撃者の情報をもとに2025号室を捜索すると、3人の死体があった。部屋の居住者は小糸伸治とその妻と中学生の子供。しかし、姉が確認するとまったく別人だった。妻の実家へ連絡するといったん所在の確認がとれたが、その後逃亡してしまう。
 事件の関係者へ取材するという形式になっていて、時間や人物が入り乱れて少し把握しにくい部分はあるし、少しずつ真相が明らかになっていくので、最後にあっと驚く結末ということもない。これは、犯人は誰か、動機は、トリックの謎は、というようなミステリー小説というものでもないようだ。 殺し、殺された人たちの、そして事件に関わるさまざまな人々の人生の理由を描いた群像劇とも言えるだろう。直木賞受賞作。

模倣犯 2006年8月18日(金)
 第1部:朝犬の散歩に出た塚田真一は、大川公園のゴミ箱から若い女性の右腕を発見する。真一は両親と妹を殺害された犯罪被害者だった。そして、同じ公園内から失踪届けの出ていた古川鞠子のハンドバッグが発見された。フリーのライター前畑滋子は以前手がけようとした失踪者の取材リストに古川鞠子の名前があったことから、事件のルポに意欲を持ち始める。所轄の墨東署に捜査本部が設置され、武上巡査部長がデスクとして捜査資料の整理にあたった。そして、テレビ局に右腕は古川鞠子のものではないという犯人からの電話がある。さらに、鞠子の祖父有馬義男にも犯人から電話があり、外に呼び出されてもてあそばれたあげく、鞠子の家を訪れると鞠子の腕時計が届けられていた。この時犯人からのメッセージをホテルに届けた女子高生日高千秋の死体が公園で発見された。そして、群馬県の赤井山グリーンロードで車が崖へ落下した。乗っていたのは栗橋浩美と高井和明の2名で、トランクからは男性の変死体が発見され、さらに栗橋浩美の部屋からは右手のない骨が発見された。
 第2部では栗橋浩美が犯行に至るまでの過程と、高井和明との関係や妹の由美子のことが描かれ、主犯のピースが登場する。第3部で、真犯人Xの存在と 高井和明の無罪を訴える網川浩一という栗橋、高井の同級生が登場し、マスコミの寵児となる。網川浩一こそピースだった。
 文庫本全5巻。長過ぎる。あまり重要でないエピソードや直接関係のない登場人物を描き過ぎ。松本清張なら1冊にまとめるだろう。 「理由」を読んだ時漠然と感じていたが、これは 謎を暴き犯人を捜すいわゆるミステリーではない。犯罪者、被害者、発見者、そしてそれぞれに関連する人々、一つの事件が多くの人間や社会に与える影響、そしてそれぞれの人間模様を描こうとしているようだ。「理由」はそういう形式になっていたが、まさに「ルポルタージュ小説」とでも呼べるものかもしれない。栗橋の携帯の発見、網川の目撃者、網川からのやらせの誘い、高井の声が録音された電話、等々の証拠が散発的に出てくるが、どこかで一つになって解決ということにもならない。ただ、最後前畑滋子が網川の正体を暴くところは良かった。「模倣犯」というのはそういうことだったのか。宮部みゆきの作品には少年がよく登場するが、この作品ではなかなかやるおじいちゃん有馬義男が魅力的だった。

本所深川ふしぎ草紙 2006年10月16日(月)
 落語で有名な「置行堀(おいてけぼり)」など、「本所七不思議」といわれる伝承話をきっかけに、回向院の茂七という岡っ引きが事件を解決し、同時に登場人物の人生にまつわる謎も解き明かすという、怪談とミステリーと江戸人情噺が結びついた短編集。
 片葉の芦:近江屋藤兵衛が殺され、商いのやり方で対立していた娘の美津が殺したという噂が流れる。蕎麦職人の彦次はそんなはずがないと思っていた。貧しかった幼い頃、同じ年頃の美津に食事を恵んでもらっていたのだ。
 送り提灯:わずか十二歳のおりんはお嬢さんに、毎夜丑三つ時に回向院の境内へ行って小石をひとつ拾ってくるよう言いつけられる。暗い夜道を歩いていると、後ろから提灯がついてきた。
 置いてけ堀:麦飯屋で働いているおしずは、「置いてけ堀」の正体は浮かばれない漁師や魚屋の生まれ変わりだという噂話を聞き、亡くなった夫で魚売りだった庄太ではないかと思い始める。
 落葉なしの椎:店の近くで人殺しがあって、落葉のせいで足跡がわからないという話を聞いた小原屋のお袖という奉公人が毎晩落ち葉の掃除を始める。
 馬鹿囃子:おとしが伯父の茂七を訪ねると、お吉という娘が人を殺したと話していた。心を病んでいるということだった。ある日橋の上で見かけると、「馬鹿囃子」と言った。
 足洗い屋敷:おみよは後妻に入った美しいお静をすぐに気に入ってしまった。しかし、やがてお静は悪夢に襲われるようになる。おみよが「足洗い屋敷」の話をしてその悪夢もおさまるが、今度は父が夜発作を起こす。
 消えずの行灯:飯屋に奉公するおゆうのもとに、小平次という男が怪しい話を持ちかけてくる。市毛屋という足袋屋の、十年前橋の事故で行方不明になった娘の身代わりになってくれということだった。
 どの事件も茂七の巧みな仕掛けがあって鮮やかに解決するが、それ以上に登場人物たちの人生を覆っている曇りもあっというどんでん返しで明らかになる。ほろりときたり、しんみりしたりと様々だが、うまい仕掛けだ。吉川英治文学新人賞受賞作。

火車 2007年5月7日(月)
 銃で膝を撃たれて休職中の刑事本間のもとに、亡くなった妻の従兄弟の子栗坂が訪ねてきた。婚約者が消えてしまったので、探してほしいということだった。カードを作らせようとしたところ、その婚約者関根彰子の名前がブラックリストに載っていて、自己破産をしていたことがわかったのだ。その文面を見せると青ざめて、翌日にはアパートからも会社からも姿を消したのだという。勤め先を訪ねると履歴書の職歴はでたらめで、自己破産の申立を依頼した弁護士に履歴書を見せると関根彰子とはまったくの別人だという。同じ団地の住人で家政夫を依頼している井坂、彰子の幼馴染みの保、同僚の刑事碇の協力を得て、本間は捜査を進める。そして、彰子のアルバムからこぼれ落ちた住宅と照明灯の写真から、彰子と入れ替わった女の正体を突き止める。
 ただ幸せになりたかったために自己破産に陥った関根彰子、そして彼女と入れ替わって自分の存在を消して生きようとした女。二人ともカード破産の犠牲者だった。自己破産など社会現象の取り入れ方 はうまいし、息子の智、井坂夫妻、碇、保とその妻など、登場人物の造形は相変わらずやさしい。住宅と照明灯の謎は、割とすぐピンと来たが。保が長期間仕事を休んで本間家に居候したり、隠匿しなければいけないはずの人間が自発的に協力したり、というところは不自然さも感じるが、それでも楽しく読めた。読んだ後嫌な感じがしないのが、この作家のいいところ。山本周五郎賞受賞作。

スナーク狩り 2008年1月1日(木)
 関沼慶子は猟銃を忍び持って、自分を裏切った国分慎介の結婚披露宴会場へ忍び込もうとしていた。釣り具専門店の店員佐倉修二は、夜行で金沢へ発つ年上の同僚織口邦男と上野の居酒屋で飲んでいた。織口は昔別れた妻と娘を若者二人に銃で殺され、その裁判を傍聴しに行くところだった。猟銃を出して披露宴会場へ入ろうとした慶子は、慎介の妹範子に説得されて、結局マンションへ帰る。店長に呼び出された佐倉は、急の苦情を片付けるが、店長に織口に似た人物を、店のお客である関沼恵子のマンションの近くで見かけたと言われ、恵子のマンションへ向かう。織口は、夜行には乗らず、恵子のマンションで彼女を待ち伏せていた。範子も、後で来るように言われ、恵子のマンションへ向かっていた。織口は慶子を襲い、猟銃を奪って金沢へ向かう。しかし、その銃は自殺するため鉛を詰めたものだった。事情を聞いた佐倉と範子は織口を追って、金沢へ向かう。
 一見無関係な人物が多数登場し、次第に一つに結びついて行く。犯罪者の贖罪を追及しているが、まったくの娯楽作品。宮部みゆきの作品には事件に巻き込まれる素直な少年がよく登場するが、この作品では佐倉と範子。その点では宮部みゆきらしい作品だ。

名もなき毒 2011年1月2日(月)
 杉村三郎が勤める今多コンツェルン広報室で雇ったアルバイトの原田いずみはトラブルばかり起こし、解雇すると会長宛てにあることないことを並べた告発状を出してきた。彼女の経歴を調べるために前の職場を訪れるとそこでも同じようなトラブルを起こしており、調査を依頼した私立探偵を紹介される。その北見一郎という人物のところで、古屋美知香という女子高校生と知り合う。彼女は連続無差別毒殺事件の被害者の孫で、母が疑われて警察の捜査を受けているということだった。
 異常なトラブルメーカーと毒殺事件がどう結びつくのかと思いながら読んでいると、杉村が取材した相手との話で出たシックハウス症候群とか杉村の新居への引っ越しで出てくる土壌汚染のことが伏線になっていたりして大団円となる。さすがにうまい。杉村の奥さんは今多コンツェルンの会長で、杉村は以前にも会長の指示で事件を解決しているらしい。(「誰かsomebody」という作品)そういう設定もおもしろい。 吉川英治文学賞受賞作。

東京下町殺人暮色 2012年8月15日(水)
 八木沢順の父道雄は警視庁捜査一課の刑事。母と離婚して、隅田川と荒川にはさまれた下町で二人きりの生活をしている。家政婦のハナさんが家事を見てくれている。その町で、ある家で若い娘が殺されたという噂が流れていた。その家の主は篠田東吾という高名な画家らしい。そして、ある日川でバラバラ死体が発見され、もう一つの死体を場所を暗示する手紙が警察に届いた。被害者の身元が判明し、「二人とも凶悪犯罪の低年齢化を防ぎ…」という趣旨の集会でアルバイトをしており、死体の発見場所や篠田東吾もこの集会に関係していた。また、被害者の一人相沢めぐみは、篠田東吾の秘書役を務めている才賀の息子の知り合いでもあった。順は友人の慎吾と一緒に篠田東吾を探る。
 宮部みゆき初期の作品。 死体発見の導入部とか、非常にオーソドックスな構成。宮部みゆきの作品らしく、少年順が活躍し、おばあさんのハナさんもいい味を出している。

パーフェクト・ブルー 2014年5月20日(火)
 俺の名前はマサ。元警察犬で、蓮見探偵事務所にひきとられて、調査員になったお嬢さんの加代ちゃんのお供をして歩いている。今度の仕事は、諸岡進也という家出少年探し。進也の兄、克彦は野球名門校のエースで高校野球優勝候補の最右翼にあげられていた。克彦が投球練習につかっている打者人形が焼き捨てられるという事件があり、探し当てた帰り進也の求めでその現場へ行くと、火の手が上がっていて、諸岡克彦が焼き殺されていた。そして、元野球部員で事故でやめた山瀬浩が遺書を残して自殺した。一方、大手製薬会社大同製薬の木村は、宗田と名乗る強請屋の、ナンバー・エイトという薬剤の後遺症についての恐喝への対応を専務の幸田から命じられていた。
 悲惨な結末ではあるが、宮部みゆきらしく登場人物が魅力的で、犬が語り手というのもおもしろいし、爽やかで楽しく読めた。

楽園 2014年8月19日(火)
 九年前、連続誘拐殺人事件に係わって一時的に有名になったライターの前畑滋子を萩谷敏子という女性が訪ねてきた。交通事故にあって十二歳で亡くなった息子のノートに、はねたトラックの絵や、最近殺人のあった家の絵が描いてあるというのだった。そのノートを見ると、九年前の事件の山荘の絵もあった。その息子がたまたま事件の関係者から話を聞いた可能性もあると滋子は考え、まず十六年前、両親が不良の娘を殺して自宅の下に埋めていたという事件の関係者への取材を始める。
 「模倣犯」のスピンオフのような作品。間に短い断章が挟まって、これがどう関係するのだろうと思っていたら、最後に過去の事件とからんでくる。消化不良の部分がないわけでもないが、おもしろかった。

過ぎ去りし王国の城 2018年8月22日(水)
 高校への推薦入学が決まった尾垣真は、早退して母に頼まれていった銀行で、子供たちの絵に交じって貼られているヨーロッパの古城の絵を見た。落ちて踏まれたその絵をポケットに入れて持ち帰り、夜部屋で見ていると森の匂いがして、指で触れると絵の中に入ったような感覚がした。自分の分身を絵に描けば絵の中に入れるのではと思い、絵の得意な城田珠美に頼むことにする。鳥になって絵の世界に入ると、塔の中に少女が閉じ込められていた。準備して城田と二人で絵の中に入ると、そこにはパクさんという漫画家のアシスタントをしている大人がいて、何度か絵の中の世界を冒険しているのだという。
 いろんな作風を持っている宮部みゆきの、これはファンタジー作品。誘拐事件とか、パラレルワールドとかからんできて、いまいち構造がよくわからなかったが、夏休みにふさわしくおもしろかった。(実際には春休みだけど)