光原百合

十八の夏 最後の願い    

十八の夏 2004年8月13日(金)
 花をモチーフとした4つの短編集。
 「十八の夏」:受験に失敗した春、信也はジョギングを始めたが、川の土手で絵を描いている女性を見るのが楽しみになっている。ある日風で飛んだ絵を拾って手のひらをすりむいたことから、その女性紅美子と知り合い、治療のため部屋に連れて行ってもらう。ほとんど何もない部屋で、窓辺の物干しに朝顔の鉢を4つ置いて、「お父さん」、「お母さん」、「僕」、「私」と名前をつけていた・・・。
 「ささやかな奇跡」:妻を亡くした僕は子供太郎の面倒を見てもらうため、大阪の妻の実家の近所に引っ越した。散歩していて見つけた書店に入ると、いかにもセンスの良いポップが立ててあった。その女性店主明日香さんと次第に付き合うようになり、太郎を紹介するのだが、明日香さんの家の感想を聞かれた太郎は「便所みたいなにおいがしとった」と答えるのだった・・・。
 「兄貴の純情」:オレの兄貴は受験をやめて、小劇団に入って役者を目指している。その兄貴が、ジョギングの途中、オレの中学の時の担任前島先生の家族、芽久美ちゃんとおねーちゃんの美枝子と知り合う。
 「イノセント・デイズ」:妻の実家の塾を手伝っている浩介の元に、かつての教え子史香が現れた。やはり教え子だった崇の両親と彼女の両親は高校時代の友人同士。史香の父は交通事故の後風呂で事故死し、崇の母も神経を病んで自殺していた。しばらくして史香の母と崇の父が結婚することになるが、二人とも夾竹桃で中毒死してしまった。その上、崇もバイクの事故で死んだという・・・。
 「ささやかな奇跡」と「兄貴の純情」はたわいない謎解きだが、日本推理作家協会賞を受容した「十八の夏」は、青春ドラマかなと思っていると思いがけない展開がある。ミステリーで言うと、叙述トリックということになるだろうか。「イノセント・デイズ」は陰惨な事件だが、夾竹桃のもう一つの意味が救いになっている。本多孝好の「MISSING」と同じようなセンチメンタルな雰囲気で、小さなどんでん返しが繰り返されるのが特徴的。

最後の願い 2009年9月3日(木)
 文芸サークルのパーティーで、西根響子は、度会恭平という若者と知り合った。誰もいないサンルームでホスト役のお嬢様麻衣が、しゃがんでちぎられたバラが散った床の水滴を拭いている姿を見て、度会はお嬢様の本性を暴いてみせた。同人誌を読んでいた度会に、響子は劇団の作者として誘われる。度会は「劇団φ」を立ち上げようとして、仲間を探していた。
 度会は、ある時は自ら求めて、ある時は偶然の出会いで、そこで遭遇した謎を解き明かしながら、才能のある仲間を見つけていく。吉井志朗は、酒場で隣り合わせた度会と俳優の風見爽馬に、志朗の仲間内で起こっている名簿売買やデート商法の謎を解き明かしてもらい、制作にスカウトされる。美術の橘は、風見に話を立ち聞きされ、学生時代以来のライバルの死にまつわる真相を暴かれ、仕事を引き受ける。女優の草薙遼子は、スカウトに来た度会に、ずっとわだかまっていた小学生の時のある事件の真相を当ててもらう。因縁のある洋館の主、宮下愛美の過去の真相を話して稽古場を手に入れ、女優久仁木亜夕実が探していた人物との問題にも決着をつける。
 一つずつ完結した日常ミステリー短編でもあるし、仲間を集めて劇団を作って初公演を立ち上げるまでのストーリーとも言える。推理はやや強引かもしれないが、登場人物一人一人キャラクターがおもしろいし、劇団物は情熱があっていい。