道尾秀介

向日葵の咲かない夏 シャドウ カラスの親指 光媒の花
月と蟹      

向日葵の咲かない夏 2009年6月6日(土)
 夏休み前の終業式の日、欠席していたS君の家にプリントと宿題を届けに行くと、S君が首をつって死んでいた。学校へ戻り話をすると、担任の岩村先生が警察に電話してS君の家に向かった。しかし、S君の死体はなかったという。ミチオの家では、母はごみを片付けず、妹のミカだけを溺愛して ミチオには食事も出さない。そんなミチオの家に、S君が蜘蛛になって生き返ってきた。そして、自分は岩村先生に殺された、自分の死体を見つけてほしいと言うのだった。蜘蛛になったS君と、3歳だけど利発なリカと、不思議な能力を持っているトコ婆さんと、ミチオは岩村先生の告発とS君の死体探しを始める。
 一種の叙述トリックということになるのだろうか。おもしろいといえばおもしろいし、なんだとおもえばつまらない。 ミステリーとして読むと、最初から最後まで主人公の妄想ではどうしようもない。最後はホラーファンタジーという感じで、ホラーとして読めば非常におもしろい。乙一っぽいかもしれない。 ミチオって道尾じゃないか。

シャドウ 2009年10月22日(木)
 我茂洋一郎の妻咲枝がガンで亡くなり、医大の同級生だった水城徹も駆けつけてくれた。咲枝と水城の妻恵は我茂たちの下級生で同級生、我茂の息子鳳介と水城の娘亜紀も同級生で、同じ出身の大学病院に勤めて家族ぐるみの付き合いをしていた。ところが、恵が水城を恨む遺書を残して投身自殺し、亜紀も自動車に飛び込んで怪我をする。亜紀が見つけた遺書が、我茂のパソコンに残っているのを鳳介が見つける。水城も亜紀が自分の娘ではないと疑い、精神状態がおかしくなっていき、亜紀を鳳介の家で預かることになるが、亜紀は洋一郎を避けているようだ。狂っていく大人たちに、秘密を抱えた亜紀…。
 殺人事件が起きてその犯人探しではなくて、実質的な主人公鳳介を取り巻く謎に迫っていくというストーリーだが、殺人事件は一番最後に起こる。一番好さそうな人物が一番怪しい、という素朴な推理はあたっていた。それにしてもうまい。「水城は今でも研究員として大学で働いており、洋一郎のほうは付属の大学病院に勤務している。」なんて。本格ミステリ大賞受賞作。

カラスの親指 2011年8月9日(火)
 武沢は詐欺師。ふとしたきっかけから、元鍵屋のテツさんと一緒に暮して仕事をするようになった。ある日、仕事から帰るとアパートに火をつけられていた。なぜか武沢は逃げる。借家を見つけて仕事を始めた日、スリに失敗してつかまろうとしていた少女を助け、一緒に暮らすことになる。武沢はその少女、まひろに見覚えがあった。武沢にもテツさんにも陰惨な過去があり、まひろとも言えない因縁があった。まひろは、姉のやひろとその恋人貫太郎も連れてきてしまい、5人ともう一匹入り込んできた猫との共同生活が始まる。そこにまた不審な影が忍び寄る。武沢がかつて裏切ったヤミ金組織の残党だった。もう逃げることもできず、詐欺の手でやり返すことにする。
 結果が甘いなと思っていたら、やはりどんでん返しがあった。日本推理作家協会賞受賞作だが、ミステリーというよりはじんわりさせる作品だ。

光媒の花 2012年12月12日(水)
 第一章 隠れ鬼:父から引き継いだ印章店で一緒に暮らしている認知症の母が、封印した過去の事件の光景を描いていた。
 第二章 虫送り:妹と虫捕りに出かけた河原で、橋の下に住むおじさんに妹がいたずらされ、橋の上から石を投げて帰ると、次の日おじさんは死んでいた。
 第三章 冬の蝶:昆虫学者になる夢を持って虫捕りに出かけていた河原で出会った同じクラスのサチは、いつも六時前になると家に帰っていく。ある時、追いかけてみようとする。
 第四章 春の蝶:アパートの隣に住む老人の部屋に、娘と孫娘が一緒に暮らすようになった。その子は、ある時から耳が聞こえなくなったという。
 第五章 風媒花:入院した姉の病院で、母の姿を見かけて隠れた。父が亡くなって以来、母を嫌うようになっていた。
 第六章 遠い光:母の再婚で姓が変わることになった女子生徒は、成績はいいがほとんど発言しない子だった。その子が仔猫に石を投げつけたということで、呼び出される。
  前の章に登場した人物が次の章の主人公になるという形の連作短編集。最初の2章は殺人事件が絡むが、章が進むにつれてちょっとした謎解きはあるが、人情話のようになっていく。印象的な作品だった。山本周五郎賞受賞作。

月と蟹 2013年12月31日(火)
 二年前、小学三年生の時、慎一は鎌倉近くの海辺の町で暮らしはじめた。父の会社が倒産し、漁船の事故で脚が不自由になった祖父の昭三の世話もかねてのことだったが、父は癌で亡くなり、母の純江との貧しい三人暮らしだった。事故の時乗船していた女性がなくなり、そのこともあって慎一は学校で孤立していて、関西から転校してきた春也と海岸の岩場で遊んでいた。二人は、ペットボトルに入ったヤドカリを山に持って行ってあぶり出し、ヤドカミ様と呼んで願い事をするようになる。同じクラスの鳴海の母が、事故で亡くなった女性だった。そして、慎一は鳴海の父の車に母が乗っているのを見かける。一方、春也は父から虐待を受けているようだった。二人の遊びに鳴海も加わり、慎一の心に変化が起こる。
 大人になりきれない少年少女が傾斜する遊びの中で生まれる黒い思い。ミステリーともホラーとも違う、道尾秀介の味わいだと思う。直木賞受賞作。
 「月の光がな、上から射して……海の底の……蟹の影が映ってな。−その自分の影が、あんまり醜いもんだから……蟹は、おっかなくて身をちぢこませてしまう……だから、月夜の蟹はな……」