皆川博子

恋紅 開かせていただき光栄です 薔薇忌  

恋紅 2003年9月3日(水)
 直木賞受賞作ということで買ったものの、時代小説なのでそのまま本棚で眠っていた一冊。読んでみると、以前行ったことのある小坂町の康楽館の芝居を思い出したりして、作品の世界にどんどん引き込まれていった。
 幕末の吉原の遊郭の主の娘ゆうは、芝居見物に出かけて迷子になったとき、見世物小屋のような芝居の役者に声をかけられ、それが暖かい記憶としてずっと残っていた。遊郭の冷酷な面を見ながら自身の中に寂寥を育てているある日その役者と再会し、びり(子供)と馬鹿にされながらも次第に入れあげて行き、最後は旅役者の一座として地方を流れて行く。
 遊郭の裏話、維新前後のエピソード、染井吉野の桜、ちょうど今日の朝日の夕刊に載っていた歌舞伎の歴史だとかもおもしろかった。しかし、何もかも捨てて男のもとに飛び込む強さと、その裏腹にある寂しさと、それでいて芸や男や商売を冷静に見つめる「ゆう」という女性の存在が、どこか普遍的な女性像を表わしているようにも思える。
 この作家はミステリー作家でもあるそうだが、幕末の歴史とか、歌舞伎とか、染井吉野の誕生とか、いろんなエピソードを一つの物語に絡めさせてくるところがそれらしい。

開かせていただき光栄です 2014年11月1日(土)
 18世紀のロンドン、外科医のダニエル・バートンは、兄の内科医ロバート・バートンの援助で解剖教室を開き、墓あばきから死体を買い取って、弟子たちと人体の研究を進めていた。ある日、妊婦の死体の解剖をしているところに治安判事所属の係が捜索に訪れた。暖炉の裏に死体を隠し、再び出そうとすると四肢を切断された少年と顔をつぶされた男の死体があった。盲目の治安判事ジョン・フィールディングとその姪で助手のアン=シャーリー・モアが捜査を始めるが、ダニエルの弟子エドワード・ターナーとナイジェル・ハートは何かを隠しているようだった。少年ネイサン・カレンは詩で身を立てるべく地方から出てきて、エドワードとナイジェルと知り合っていた。
 裏には裏にあるという感じで進んでいくが、最後にどんでん返しのある本格ミステリ大賞受賞作。

薔薇忌 2015年11月9日(月)
 「薔薇忌」:芝居の終わったからの舞台に横になっていると、残っていた手伝いの学生に声をかけられた。話をしているうちに、演劇研究会時代の自殺した仲間のことを思い出した。
 「禱鬼」:女形の大名題の役者へのインタビューのため楽屋に通っているうち、奇妙な大道具の男が目につくようになった。忙しい時にその男が不在でも、誰も気に留めないのだった。
 「紅地獄」:小道具製作の家で育った私に、かつて働いていた女から電話があった。一緒に働いていた男は、私のせいでやめなければならなかったのだと言う。
 「桔梗合戦」:急死した母宛に男から電話があった。母は三人の男と付き合っていて、その一人と会うと、芝居にかかわっていると知って、「血だね」というのだった。
 「化粧坂」:一人の転校生が蜘蛛合戦をはやらせていた。彼は旅芝居の人気女形で、毎日のように小屋に通うようになる。
 「化鳥」:芸能プロダクションに勤めて、地方に行った時バンドのボーカルを見出し、スターにする。若いとは言えない年齢になり、転機を求めて芝居に起用した。
 「翡翠忌」:八十を超えても小娘にも化ける劇団の大女優が、郊外の森林公園に引っ越し、ひいきの若い劇団の主催者とよく会うのだと言う。
今年文化功労者に選ばれた作家の、柴田錬三郎賞受賞作。 演劇の世界を舞台にした幻想的なホラーで、ミステリー的な謎解きの正体は幽霊ということになる。おもしろかった。