松井今朝子

仲蔵狂乱 吉原手引草 芙蓉の干城  

仲蔵狂乱 2008年5月13日(火)
 浪人の子として生まれ、両親がなくなると裏長屋をたらい回しされていた孤子が、中山小十郎という長唄の唄うたいと志賀山おしゅんという踊りの師匠の夫婦にもらわれ、市十郎と名付けられた。厳しく踊りを仕込まれ、中村仲蔵という名を与えられて子役として中村座の舞台に立つと、持前の愛嬌の良さから人気を得ていく。一度贔屓の呉服商に身柄を引き取られるが、再び役者に戻ると、地獄が待っていた。稲荷町という年七両の最下層から実力で千両役者まで上り詰めた、江戸時代の実在の歌舞伎役者初代中村仲蔵の一代記。
 著者は歌舞伎が専門なので、随所に史実らしき蘊蓄が語られている。仲蔵自身も自伝を書いているらしい。どこまで資料に基づくもので、どこからが創作なのかと思うと、作品がおもしろいのか中村仲蔵自体が興味深いのかわからなくなってくる。 仲蔵が秘密にしたことは、作者の創作ということになるのだろう。これでは人物像の捏造になってしまう。こういう小説のあり方は、いまいち納得できない。
 この前の直木賞受賞作家の、時代小説大賞受賞作。

吉原手引草 2009年5月8日(金)
 吉原で一、二を争う花魁、舞鶴屋の葛城が突然失踪した。騒ぎも落ち着いた頃、町人風の若い男が吉原に現れ、引手茶屋の内儀、舞鶴屋の見世番、番頭、葛城とかかわりのあった幇間、女芸者、船頭、そして葛城の客に、客を装って葛城失踪の事情を聞いていく。
 失踪の謎はなかなか明らかにならないが、話の中から吉原や花魁、その周りの人間模様が見えてくる。最後のほうで失踪の方法は予想できるようになるが、真相が明らかになるのは最後の最後。なるほどそういうことかという感じ。 それにしても長大な計画だ。まあおもしろかったが、何を書きたかったのだろうかとも思う。直木賞受賞作。

芙蓉の干城 2024年2月15日( 木)
 昭和初期 、早稲田大学の教授桜木治郎は、父が木挽座の狂言作者の総帥であったことから、幼いころから劇場に出入りし、桜木先生と呼ばれている。家で預かっている妻敦子の従姉妹澪子の お見合いのため、木挽座を訪れ、歌舞伎界の女帝六代目荻野沢之丞の楽屋へ挨拶に行くと、小宮山先生と呼ばれる男が派手な女連れで来ていた。桜木や澪子の向かいの桟敷にいた小宮山たちは、澪子によると途中で姿を消したという。そして、三十間堀で死体で発見された。小宮山は右翼団体の大物で、女は大阪の芸妓だという。築地署の警部笹岡と部下の薗部が捜査にあたり、桜木も縁があって捜査に協力することになる。
 軍部の影が色濃くなり、アヘンが広がっていた昭和初期の時代を背景に、歌舞伎の世界を舞台にしたミステリーのシリーズ2作目で、渡辺淳一文学賞受賞作。事件の背景には思いもかけない事情があり、そのため解決こそするが闇に葬られることになる。一作目も読もう。