李琴峰

 

独り舞 ポラリスが降り注ぐ夜 彼岸花が咲く島  

独り舞 2022年12月19日(月)
 台湾出身で日本の企業で働いている超紀恵は、小学生の頃から死を意識し、同性に惹かれることに気づいていた。台湾の学生時代、ある事件で深く傷つき、それがもとで恋人と別れ、名前を変えて日本に来ていた。日本でも新しくできた恋人に理不尽に裏切られ、隠してきた秘密を暴露され、死を決意して旅立った。
 アメリカ、中国、オーストラリアと旅を続け、出会いと別れを経験する。というとそんな作品があったなと思ったら、中山可穂の「天使の骨」だった。もちろん、作品中でも言及されている。来日して4年で書かれたとは思えないほど、表現に魅力がある。芥川賞作家の群像新人文学賞優秀作受賞のデビュー作。

ポラリスが降り注ぐ夜 2024年10月27日(日)
 新宿二丁目のLの小道、百合の小道と呼ばれる狭い小道にレズビアンバー「ポラリス」がある。店主はなつこ、アルバイト店員はあきら。ある夜店に居合わせた客六人と二人の物語が綴られる。バイセクシュアルの恋人に裏切られたゆー(遥)はネットで知り合ったかりんに、甘えたいだけでしょと つきはなされる。(「日暮れ」)。イージュン(怡君)は東京に住んでいる友人のウェンシン(文馨)とその前に入った店でユキナという女性と台湾の「ひまわり学生運動」のことを話し、その時知り合ったトランスジェンダーのシャウホン(暁虹)を傷つけたことを思い出す。(「太陽花たちの旅」)。ゆき(蘇雪)は大学を卒業して「蟻族」になってしまい、職を探して日本に来てノンセクシュアルの利穂と知り合った。ゆきはAセクで、中国にいる時も日本に来てからも男性に 言い寄られて困惑していた。(「蝶々や鳥になれるわけでも」)。夏子は交際していた女性と両家の反対から破局し、ワーキングホリデーで訪れたオーストラリアで雪奈と知り合った。そして日本へ戻って「ポラリス」を開業した。(「夏の白鳥」)。香凛は同居している楊欣から、どうせいつか男に走ると責められていた。(「深い竪穴」)。さえ(蔡暁虹)は日本への留学中、年下のトランスジェンダー若虹の鉄道自殺をおもしろおかしく書いた記事を読んだ。二丁目のレズビアンクラブへ行くと拒絶され吐いているところをなつこに救われ、女性化を進め て就職を決めて、一度台湾へ戻って「ひまわり学生運動」でイージュンと知り合い、また日本へ渡った。(「五つの災い」)。曉は中学卒業前に二丁目でさえという女性と知り合い、ポラリスに通うようになった。自分はパンセクシュアルかもしれないと思うようになり、二十歳でポラリスで働くようになり、二丁目の歴史を勉強し卒論のテーマにした。
 登場人物たちがあちこちで接触しているという、込み入った構造の連作短編集。曉は名前があったほうが自分のことを知ってもらえて安心と言うし、夏子は名前がいくつあっても足りないくらいみんな違うから、そんなに簡単に説明されるのっていいのかなという。芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞作。

彼岸花が咲く島 2025年4月22日( 火)
 砂浜に白いワンピースの少女が倒れているのを、彼岸花を採りにきた島の娘、游娜が見つけた。記憶を失っている少女は宇実と名付けられる。言葉が微妙に違っていて、島の言葉は〈ニホン語〉で、少女が話す言葉は〈ひのもとことば〉だという。その言葉は、〈ノロ〉と呼ばれる島の指導者の女性たちが使う〈女語〉に似ていた。游娜は〈ノロ〉を目指していて、幼馴染の拓慈は男だが女語を使え、〈ノロ〉になりたがっていた。〈大ノロ〉に面会すると、島から出ていくよう言われ、出て行きたくなければ島の言葉を身につけ、島の歴史を背負い、島で生きていくよう言われる。宇実は游娜とともに〈ノロ〉になるための勉強を始め、島の生活にもなじんでいく。
 〈ニホン語〉は漢文に沖縄の接尾辞を付けたような言葉で、〈ひのもとことば〉は「うつくしいひのもとぐにをとりもどすため」漢字と漢語を禁止した言葉だった。島の祭の幟にも「大国人退散」と書いてある。そして、ノロたちは船で〈ニライカナイ〉へ渡って、薬になる彼岸花と引き換えに生活物資を持ち帰っている。宇実はなぜ、どこから来たのか、島はなぜ女性の〈ノロ〉に指導されているのか、〈ノロ〉にしか伝えられない島の歴史とは何なのか。背景には重いテーマがあって大河小説として書けないこともないが、ジュブナイル風なファンタジーにまとめた作品。おもしろかった。芥川賞受賞作。