久世光彦

一九三四年冬−乱歩      

一九三四年冬−乱歩 2007年8月3日( 金)
 昭和9年冬、四十歳になった江戸川乱歩は、雑誌「新青年」に連載開始した『悪霊』の続きを書けなくなり、誰にも告げず麻布箪笥町にある<張ホテル>という長期滞在用のホテルに身を隠した。ホテルのライティング・デスクに向かって、古い創作メモに題名のあった『梔子姫』という作品を書き始めるが、翁華栄という美貌の中国人ボーイ、ポーの『アナベル・リー』を歌いミステリー・マニアでもある滞在客のミセス・リーとの交流やホテルで起こる謎の出来事、そしてベッドや浴槽で見る夢と交感するように、妖しい作品が書き進められていく。
 どこまで事実に基づくのかはわからないが、老いや死を意識し始めるみすぼらしい中年男性としての乱歩、本格探偵小説と猟奇小説との間で揺れる高名な作家としての乱歩、誇りや小心が、作中作のあたかも乱歩が書いたかのような『梔子姫』と平行して描かれていく。いろんな意味でおもしろかった。山本周五郎賞受賞作。