小池昌代

感光生活 タタド    

感光生活 2008年4月22日 (火)
 作者であって作者ではないこいけさんという女性と、風変りな友人たちとの交友を描いた、15の短編。読点の多いシンプルな文体だが、詩人らしい感性が感じられる。「あくまでも石は石。わたしはわたしである。石のなかへわたしは入れず、石もわたしに、侵入してこない。その無機質で冷たい関係は、かえってわたしに、不思議な安らぎをあたえてくれる。」(石を愛でる人)「変わってしまったように見えて、この町のどこかにも、永遠に変わらないコーヒー店がある。…一歩、ドアを開けて足を踏み入れれば、そこは『時』が、奇妙に歪んでいる空間である。」(げんじつ荘)「型があるから、あふれるものがある。型が、一種の制御装置となっていて、制御がかかればかかるほどに、言葉が暴れ始めて躍動する。」(祭りの日)「お酒を飲むと、真実一路の輝く道が、さあっと一本、頭のうしろから未来に向かって、走って行くのが見えるのだ。」(ハウル・ザ・バー)「どの子供たちも、この世では、無意味と名づけられている聖なる空間に、魂を投げ出すようにして生きていた。」(風のリボン)「鳥にも魂があるのなら、それは身体より影のほうこそを、居場所と決めて宿るのではないか。」(鳩の影)「そのものの本質にまっすぐ根ざした、適正な重み。そのときわたしは、日常のなかで、わたしたちの生に、気づかないほど微量に付加されている、さまざまなものの、さまざまな重みのことを思っていた。」(蜂蜜びんの重み)「私たち人間がどうにも抗えない引力を、鮮やかにふりほどいて飛び交う姿には、生の重さを、一瞬にして粉砕してしまう、あまりにも軽やかな小爆弾の趣がある。」(中川鮒蔵商店)
 奇妙な味わいの作品集だが、読んでいるうちにナチュラルな感じになっていく。こんな作風、他にもあったなとは思うが。

タタド 2010年4月4日(日)
 「タタド」:地方テレビのプロデューサーであるイワモトの海の家に、妻のスズコの同僚だったオカダと、番組に出演している女優のタマヨが集まった。食事をして酒を飲んで、そして翌朝…。
 「波を待って」:亜子の夫は、五十代になって波にとりつかれた。サーフィンを始めてから夫は少しずつ変わり、海に行きたがり、行かないときは何もしないでぼんやりしているようになった。そして夫が海に入っているあいだ、亜子は海辺で浸食されていく…。
 「45文字」:失業中の緒方は中学の陸上部員だったサクラダの夢を見た後、中学時代の友達横川と出会った。仕事を手伝うよう頼まれて横川のマンションへ行くと、出てきたのは妻になっていたサクラダだった。仕事というのは、美術全集の絵に45文字のキャプションをつけることだ。そして、横川の家に泊まりこんでキャプション作りに没頭する毎日が続く…。
 「タタド」や「波を待って」のラストの急展開は、いかにも短編小説という感じで作ってあるが、ストーリーより、中年に達しているイワモトたちや亜子の感覚がメインのモチーフと言えそうだ。「川端康成賞受賞作。