小池真理子

     

 2006年9月14日(金)
 ノンフィクション作家の鳥飼は、1972年の連合赤軍浅間山荘事件に関する原稿を依頼されて当時の新聞を読んでいて、同じ日に同じ軽井沢で一人の若い女が男声を猟銃で射殺しもう一人の男性に重傷を負わせたという事件を知る。犯人はM大学生の矢野布美子、射殺されたのは大久保勝也という電機店の従業員、重傷を負ったのはS大学助教授の片瀬信太郎、居合わせた片瀬の妻雛子は元子爵の長女だった。事件に興味をもった鳥飼は、既に刑期を終えている布美子を探し出すが、取材は拒否され、布美子は姿を消す。しばらくして布美子から手紙が届く。重い病で死期が迫っている、事件に関して大きな秘密を抱えているが、それを生涯胸に秘めることで罪を償わねばならないとのことだった。見舞いに通う鳥飼に、ある夜布美子は過去の物語を語り始める。
 学生だった布美子は、片瀬のアルバイトに採用された。仕事は、片瀬が翻訳にとりかかっている「ローズサロン」という小説の下訳の口述筆記だった。過激派の貧乏学生と同居していた布美子は、片瀬夫婦の奔放な交遊と上流社会の華やかな生活にとらわれていく。しかし、その甘美な生活は大久保という若い男の出現によって崩れていく。
 どんなミステリーが待ち受けているのだろうかと思いながら読み進んだが、布美子が守ろうとした秘密は、実は少女マンガやメロドラマではありふれた設定でしかないので、少し肩透かしというか、驚きや感動とは程遠い感想だ。 布美子を逆上させた大久保の言葉のほうがむしろ説得力がある。ただ、ラストに泣かせる設定があったのはうまい。直木賞受賞作。