北森鴻

花の下にて春死なむ 狐罠    

花の下にて春死なむ 2005年11月14日(月)
 三軒茶屋の路地裏にあるビアバー「香菜里屋」。度数の異なる4種類のビールを用意し、マスター工藤が供する料理に間違いはない。そして、常連の客たちが持ちかける話を小首をかしげながら聞いていて、さりげなく謎を解き明かす。北村薫、加納朋子、柴田よしきなどと同じ作風だ。特に状況設定からすれば、柴田よしきの「ふたたびの虹」と同工異曲といった感じ。
 肺炎で急死した本名、本籍不詳の俳人の謎を探る「花の下にて春死なむ」(まったく関係なさそうな殺人事件とリンクするところがすごい)、地下鉄の駅の貸本コーナーの歴史小説にモノクロの家族写真がはさんであったという「家族写真」、写真展のポスターがことごとく剥がされていたという「終の棲み家」、赤い手の魔人という子供の間で流行っている怪談が現実の事件に関連する「殺人者の赤い手」、回転寿司でマグロばかり7皿食べる男がいるという「七皿は多すぎる」、最後にもう一度最初の俳人が登場する「魚の交わり」。やや無理かなと思う推理もないではないが、「真実などというものの正体は、実は普遍性などどこにもなくて、ただ個人の信念の中にのみ息づく幻かもしれない」のだから、それはそれでいいのかもしれない。日本推理作家協会賞受賞作。

狐罠 2007年12月7日( 金)
 冬狐堂の屋号で店を持たず骨董を商う「旗師」の宇佐美陶子のもとを、ある夜保険会社の美術調査員の鄭富健という男が訪ねてきた。二ヵ月前、橘薫堂から買った発掘物の硝子碗を拝見したいという。それは贋作で、「目利き殺し」にあったのだった。橘秀曳は業界では国立博物館の研究員戸田と組んで悪い評判のある男で、最近元大英博物館のキュレーター細野新一を取り込んでいた。鄭と話した陶子は、橘への復讐を決意し、元夫で東都芸大教授のプロフェッサーDを訪ね、天才贋作者である潮見老人を紹介してもらう。その頃、橘薫堂の外商田倉俊子の死体が発見され、練馬署の根岸と四阿が捜査につく。田倉のノートに陶子の経歴が記されていたことから、陶子も容疑をかけられる。
 陶子の贋作づくりと「目利き殺し」の過程と、殺人事件の捜査が並行して進むが、橘と戸田と田倉の関係の謎、細野が大英博物館を辞めて橘と組んでいる理由、鄭の素性など、さまざまな謎がからんでいく。過去と現在のつながり、古美術の世界、贋作の過程、刑事の操作技術、さばけた三十女の魅力、いろいろな要素があっておもしろかった。