加納朋子

ななつのこ ガラスの麒麟 魔法飛行 掌の中の小鳥
ささら さや てるてるあした    

ななつのこ 2002年10月14日(月)
 一応ミステリーということになっているが、殺人事件が起きるわけではない。女子大生が日常生活の中で遭遇したちょっと不思議な出来事に、名探偵役の相手がものの見事にその謎を推理するという点では、北村薫の「空飛ぶ馬」と共通するものがある。
 しかし、この作品は、各エピソードが「ななつのこ」という作中作(?)の短編と符合しているところがおもしろい。作中劇の主人公<はやて>が不思議な出来事に遭い、<あやめさん>という女性がその謎を解くのだが、そういえば似たようなこんなことがあったと短大生<入江駒子>が作者の<佐伯綾乃>に手紙を書くと、鮮やかに謎を解いた返事が届くのだ。さらにもうひとつの仕掛けもある。
 第3回鮎川哲也賞受賞作。他の作品も読んでみたい。

ガラスの麒麟 2002年11月17日(日)
 抜群におもしろかった。カバーを読むと心霊ミステリー?と思ってしまうが、説明できない謎はない。今回のアームチェア・ディテクティブは女子高の保健室の神野先生。連作短編で、毎回彼女の同僚、教え子、その家族、その友人が主人公になって物語が進行して小さな謎を解いていき、最終編で最初の殺人事件の謎が明らかになる。登場人物は、吉本 ばななの作品と一緒で、みな察しがいいので、間抜けなワトソン君がストーリーを乱すこともない。かといって、名探偵が神のような存在であるわけでもない。「すべて、物事は起こるべくして起こり、人は出会うべくして出会っているのかもしれない。」結局人の心がテーマなのだ。
 日本推理作家協会賞受賞ももっとも。

魔法飛行 2003年4月29日(火)
 女子短大生入江駒子が身近で起こった不思議な出来事を童話作家へのファンレターで報告すると、その謎を推理した返事が届くという「ななつのこ」の続編。今回は、手紙ではなくて小説ということになっている。じゃないとトリックが成り立たないから。今回は、各短編の後に謎の人物からの手紙が紹介される。一話「秋、りん・りん・りん」(幾つも名前を持っている女の子)、二話「クロス・ロード」(交通事故のあった交差点に幽霊が現れる)、三話「魔法飛行」(双子の兄弟のテレパシー)の謎は、ある程度察しがつくものの、謎の人物は巧妙なだまし(手紙ではなく小説になっていること、私は読者ですという文面)があって、わかりにくい。四話ハロー、エンデバーで全てが結びついて、全てが明らかになる。なかなかうまい。北村薫の同工異曲と言うべきか。

掌の中の小鳥 2004年8月16日(月)
 おなじみ謎解きものだが、加納朋子の場合は構成が凝っているのが特徴。この作品集でも、最初の「掌の中の小鳥」SCENE1とSCENE2で語り手を換えて、そのまま「桜月夜」へ流れていく。そして、そこで入ったエッグスタンドというバーを舞台に、夏の「自転車泥棒」、秋の「できない相談」、冬の「エッグ・スタンド」と続いていく。
 今回の主人公は、20代のクールなビジネスマン。パーティー会場で知り合った飛び切り個性的なOLと「エッグスタンド」というバーで、お互い体験した変な出来事の謎を解く。「桜月夜」は誘拐事件と彼女の名前、「自転車泥棒」は自転車を盗まれた話とその背景の、「できない相談」はミステリーではたまにある部屋消失事件、そして「エッグ・スタンド」ではいとこの婚約者の婚約指輪盗難事件。クールに謎を解く主人公だが、どこかいやらしい感じもする。それが最後の章でやり込められるのもおもしろい。

ささら さや 2007年5月14日(月)
 サヤの夫は、生後2ヶ月のユウスケを残して、交通事故で死んでしまったが、成仏できずサヤの周りについている。ユウスケを跡取りにするため、義姉の養子に引き取ろうとする夫の家族たちから逃れるため、サヤは亡くなった伯母が遺してくれた埼玉県佐々良市の古い家に移ることにする。
 お人好しで不器用で弱虫のサヤの周りにはいつの間にか、お夏さん、久代さん、珠子さんの元同級生のおばあさんトリオが集まって世話を焼き、茶髪のお母さんエリカとも友達になる。サヤの夫は、自分が見える人間の身体に一度だけとりつくことができ、サヤの周りで不思議な出来事が起こると、サヤ の前に姿を変えて現れてに謎解きをして助けてくれる。そんな人々との出会いと謎解きと、ユウスケを奪おうとする陰謀が並行して続き、サヤも強くなっていく。
 「自分は嫌になるくらい、世間知らずで甘ったれで弱虫だ。サヤにもその自覚はあった。だが、弱いということ、それ自体はなんら罪ではないと思っていた−今までは。だが、より小さくか弱い存在を庇護する立場にある者にとっては、弱さは単なる能なしの代名詞でしかない。」
 テレビドラマ「てるてるあした」の原作の一つ。

てるてるあした 2008年8月15日(金)
 金銭感覚のない両親が夜逃げすることになり、中学を卒業したばかりの雨宮照代は、遠い親戚の鈴木久代の家に身を寄せるため佐々良の駅に降り立った。訪ねた家には<鈴木>の表札はなく、サヤさんという若い女性と珠子さん、お夏さんという二人のおばあさんがいた。二人のおばあさんによれば、久代さんは「鶏ガラみたいないけ好かないばあさん」「意地悪な魔女みたいな感じ」ということだった。久代さんの家に案内された照代は貧血で倒れてしまい、そのまま世話になることになった。夜、涙を流している照代の携帯に、「てるてる あした。きょうはないても あしたはわらう。」という知らないアドレスのメールが入っていた。久代さんに厳しくしつけられ、サヤさんと友達のエリカさん、二人の子供、おばあさんたち、そして知り合った高校生エラ子たちとの佐々良での生活が始まる。自分の境遇に納得できない照代は、誰もかれも嫌いだった。そして、二階の部屋で照代は女の子の幽霊を目にする。次第にその女の子になった夢を見るようになり、久代さんも関係していたことがわかってくる。
 謎のメールとか、幽霊の正体とか、謎解きはあるが、ミステリー色はほとんどなく、 親の庇護から放り出された幼い照代が「どうもありがとう」という言葉を返せるまでに成長していく物語。「ささら さや」と同様の登場人物たちのキャラクターやエピソードもおもしろい。テレビドラマは見ていたが、良かった。最後まで読んで、じんわりとした。
 「誰かが嫌いだと思うとき、実はそう考えている自分が一番、嫌いだ。嫌でたまらない。自分が嫌いだという思いは、いったいどこにぶつかり、どんなふうに跳ね返ってくるのだろう?」「本はいいよ。特に、どうしようもなく哀しくて泣きたくなったようなとき、本の中で登場人物の誰かが泣いていたりすると、ほっとするんだ。ああ、ここにも哀しみを抱えた人がいるってね。」