伊東潤

国を蹴った男      

国を蹴った男 2015年11月17日(火)
 「牢人大将」:那波藤太郎は那波城主の嫡男だったが、上杉景虎に城を落とされると脱出し、武田信玄に迎え入れられ、牢人衆の大将を務めていた。その功による恩賞を断り、牢人として戦で戦うことにするが…。
 「戦は算術に候」:石田三成の相役となった長束正家は算術の天才で、数々の普請や戦で功績を上げたが、秀吉は「道具は使うもので使われてはならぬ」と言った。そして、天下分け目の関ケ原を前にして…。
 「短慮なり名左衛門」:毛利名左衛門は、上杉謙信のために数々の功をなしていたが、謙信没後の御館の乱で景勝のために大きな働きをしたにもかかわらず何の論功行賞も受けなかった。そこへ、景勝の奏者である樋口兼続が訪ねてきた…。
 「毒蛾の舞」:賤ヶ岳の戦いの前、柴田勝家勢の佐久間盛政を、同じく柴田勢の前田利家の内室まつが訪ねてきた。凡庸極まりない利家に功を上げさせてほしいとのことだった。盛政は末に懸想していた…。
 「天に唾して」:山上宗二は堺の商家の嫡男だったが、茶の湯に没頭し、後の千利休の弟子となったが、秀吉に逆らい、小田原の北条家を頼ったが、その小田原も秀吉が城攻めしようとしていた…。
 「国を蹴った男」:京の毬職人五助は師匠ができの悪い息子を跡継ぎにすることに決めたことから、出入商人の紹介で駿河の今川義元の跡継ぎ氏真の毬職人となる。氏真は京にもいないくらいの蹴鞠の名手だった、戦に関しては全くの暗愚だった…。
 信念を持ち能力も高い戦国の男たちが、裏切りやちょっとした齟齬で滅びていく悲喜劇である。石田三成の「戦は算術に候」や佐久間盛政の「毒蛾の舞」は笑える。「国を蹴った男」という勇ましい題名にふさわしいのは、「天に唾して」と「国を蹴った男」。特に「国を蹴った男」はミステリー的な要素もあって、氏真の生き方も興味深かった。吉川英治文学新人賞受賞作。