磯崎憲一郎

肝心の子供/眼と太陽 終の住処 往古来今  

肝心の子供/眼と太陽 2011年4月20日(水)
 「肝心の子供」:ブッダは十六歳のときに結婚し、その息子のラーフラ(束縛)という名前はブッダの父スッドーダナ王が付けた。やがて三十年生きてきた意味が会得されて、ブッダは城を出る。過剰な記憶のため過ぎ去った時間の重さに縛られ、城を出ようを思っていたラーフラは、教団を引き連れてシャカ村に帰ってきたブッダに着いて行く。教団の美しい少女との間に生まれた
子供には、ティッサ・メッテイヤと名付けた…。史実と創作をないまぜにして描いたブッダ三世代。何がどうということもないのだが、改めて読み返してみると興味深い。文藝賞受賞作 。
 「眼と太陽」:「日本に帰るまえに、どうにかしてアメリカの女と寝ておかなければならない。」そんなことを考えていたときに、トーリと出会った。トーリとのデート、仕事仲間の遠藤さんとの話、交通事故と裁判、クリスマス用品の店などのエピソードがたいした脈絡もなく続く。結局何がいいたのかという気もするが、書かれていることが書いたことなのだ。芥川賞候補作。

終の住処 2012年10月12日(金)
 彼と妻は、三十歳過ぎて結婚した。新婚旅行のあいだじゅう妻は不機嫌で、「別にいまに限って怒っているわけではない」といった。製薬会社に勤める彼は、徐々に業績を上げ、何度も浮気を繰り返す。娘を近くの遊園地に連れて行った日から、妻は口を利かなくなり、「家を建てるぞ」と叫んだ時、十一年目に初めて応えた。そして、アメリカに駐在し、戻ってくると娘はアメリカへ行っていた。
 夫婦、企業人の二十年を中編小説に展開した作品。深刻な内容にみえて、どこかおかしさがあって、そこがどことなく幻想小説っぽい。芥川賞受賞作。 他に夢の記憶をつづったような3編からなる「ペナント」収録。

往古来今 2015年11月22日(日)
 「過去の話」、 「アメリカ」、 「見張りの男」、 「脱走」、 「恩寵」の5編からなる短編集。一つ一つの作品は、内容に脈絡がないのだが、全体が母親のこと、娘のこと、故郷のこと、旅館でのこと、アメリカでのことなど、共通する部分で複雑に絡み合っている。不思議な短編集だ。ミステリー小説のように、関連図を作れば、全体が見えてくるかもしれない。そういえば、この作家の作品はどれも妙な味わいがある。泉鏡花文学賞受賞作。