石沢麻衣

貝に続く場所にて      

貝に続く場所にて 2025年1月27日(月)
 ドイツ・ゲッティンゲンに西洋美術史研究で留学している私は、駅へ院生時代の後輩野宮を迎えに行った。野宮は石巻にいて東日本大震災で津波に流されて、九年間行方不明だった。私は仙台で被災はしたが津波に飲み込まれたわけではなかった。夏目漱石に「夢十夜」の読書会で知り合ったウルスラの家へ、毎週木曜日通うようになる。ルームシェアしているアガタの飼い犬が妙なものを掘り出すようになる。それは木曜に集まる人々の何らかの過去にかかわるものだった。ゲッティンゲンに様々な時間が重層的に出現するようになる。
 ポスト東日本大震災を幻想的に描いた芥川賞受賞作。 執拗な描写はヌーボーロマン的だし、硬質な言語感覚は散文詩のようでもある。野宮が親しくなる寺田氏はゲッティンゲンに滞在したことのある寺田寅彦だし、夏目漱石との関連も隠されている。西洋美術が引用されたり、また「貝」は聖ヤコブのシンボルだったりと、細密画のように作られた作品だ。