乾ルカ

夏光 あの日にかえりたい    

夏光 2010年12月28日(火)
 「夏光」:哲彦が疎開先で仲良くなった喬史は呪われ子と言われていた。顔の左半分に大きな痣があり、その中に埋まっている左目から青白く奇妙な光が流れるのに気づいた。
 「夜鷹の朝」:病気のために教授の紹介で静養した家には、口をマスクで隠した少女がいたが、家のものはそんな子供はいないというのだった。
 「百焔」:小柄で醜いキミに対して、妹もマチは美しく、子供の時からちやほやされてきた。持ち込まれた縁談もマチに奪われた。キミの耳には厄相と言われる小さな穴があった。キミはその厄落しを始める。それはマチに厄を押し付けることだった。
 「は」:退院祝いに刺身と鍋をやるというので友人のアパートを訪ねると、祭りの金魚すくいで手に入れた金魚が巨大化して右腕と鼻を喰われたのだという。
 「Out of This World」:転校してきたタクの父は、テレビにも出るマジシャンだったが、一度失敗して仕事をやめていた。タクは虐待されているらしく、身体に傷が絶えなかった。ある日、タクの耳から鈴みたいな音がして、トランポリンを使っているように軽々とジャンプした。
 「風、檸檬、冬の終わり」:癌で介護をしている初枝さんからある日、「凛冽とした風。まだ青さの残る檸檬。冬の終わりの一時だけ大気に混じる緑と土の気配。」の香りがした。あや子は、子供の時から、左の鼻の穴から他人の感情が発する匂いを感じることができた。初枝の香りは、以前にも一度だけ嗅いだことのあるものだった。
 最近、この手の小説はホラー と呼ばれているようだが、ホラーという感じなのは「は」だけで、ポエティックな幻想小説集。「夏光」と「風、檸檬、冬の終わり」が特に良かった。「夏光」はオール讀物新人賞受賞作。

あの日にかえりたい 2022年8月11日(木)
 「真夜中の動物園」:正は、小林・大林の二人にいじめられていた。家でも成績のことで親に叱責され、夜自転車で家出して、丘を登っていくと動物園があった。フェンスの破れ目から入ると、飼育員がいて真夜中の動物園を見せてくれた。
 「翔る少年」:夜寝ていたはずなのに、気づくと元は昼の道に立っていた。岬の公園まで行くとオバサンがいて、家へ連れていってくれた。夕べ地震があって、津波から逃れるうちにはぐれたようだ。オバサンは、まるで知っているみたいに、新しいお母さんについて作文に書いたとおり、食べたいものを出し、行きたいところへ連れて行ってくれた。
 「あの日にかえりたい」:専門学校生の佳代がボランティアで訪れた老人ホームで紹介されると、驚きの表情で見ている老人がいた。その石橋老人とよく話をするようになり、過去の話を聞き、亡くなった奥さんのことを聞くようになった。
 「へび玉」:三十三歳になった由紀恵は老いを実感し、職場の女子社員のなかでももっとも年かさだった。高校のソフトボール部の仲間五人で部活最後の日に花火をした公園で、十五年後に集まろうと約束していた。その日公園へ行くと誰も来ていず、昔もらったへび玉に火をつけていると、四人が十五年前の姿のままでそこにいた。
 「did not finish」:日本人には珍しいダウンヒルの競技を続けていた大黒は、出場したレースでコースアウトしてしまい、セーフティネット激突した。過去が次から次とよみがえる。無理だと言われて競技を続けてきたのは、子供の時言われたある言葉のせいだった。
 「夜、あるく」:札幌に転勤になった亜希子は、仕事からか帰った後ウォーキングをするようになった。すると、中学校の正門の前のモクレンのもとで老女に出会い、なぜか懐かしい感じがした。たまにしか会わないが、話をすると以前教師をしていて、会いたい人がいるらしい。亜紀子が通っていた東京の中学校にもモクレンがあって、そこには亜紀子の秘密があった。
 直木賞候補作となったファンタジー。 特に、「翔る少年」、「へび玉」、「夜、あるく」はセンチメンタルで意外性もあっておもしろかった。「真夜中の動物園」の飼育員のオジサンはもしかしたら未来の…と想像すると、これはホラーだ。