井上荒野

グラジオラスの耳 潤一 切羽へ  

グラジオラスの耳 2004年7月15日(木)
 社会派作家井上光晴の娘だが、いかにも女性作家という作風。 女性作家特有の生理感覚(身体と心理が一体化したような感覚)はあまり好きじゃないので、新鮮味は感じない。
 「グラジオラスの耳」:十年ぶりぐらいに電話をかけてきた高校の同級生リエ。同窓会をやろうというリエに、淳子はいつの間にか振り回されていく。若い恋人、腐れ縁の男、ガイジンとのフリン、そんな話が展開する中、グラジオラスの会というリエの企てが明らかになってくる。
 「暗い花柄」:町内のアパートに住み始めて若い美大生が、次々と近所の奥さんにちょっかいを出す。幸子も浮気をしている夫と離婚することになり、この男とアパートを探し歩く。
 「わたしのヌレエフ」:夏子が通っている太極拳の教室に弟の夏彦が偽名で入り込み、受講生の主婦たちを次々と誘惑し始める。夏子は教室の先生の子をおろしていた。
 「ビストロ・チェリイの蟹」:ある夜、ビストロで食事する客たち。ただそれだけのことだが、これがいちばん感じが良かった。
 全ての作品が結末が唐突で曖昧で、エッと思わされるのだが、どこかミステリアスな部分がこの作家の持ち味なのかもしれない。

潤一 2009年1月20日(火)
 十四歳から六十二歳までの9人の女性の名前が各章のタイトルになっていて、それぞれ「私が潤一と会ったのは、…だった。」で始まる。島清恋愛文学賞受賞作とあるが、彼女たちと潤一の恋愛を描いているわけではなくて、それぞれ問題を抱えた女性たちが潤一という野良犬のような男と一時遊んで、またそれぞれの生活へ戻って踏ん切りをつけるというようなストーリーで、構成はおもしろい。しかしくだらない。それぞれの男女の愛憎もありふれている。潤一にも魅力がない。これが男女の機微や女の心理を繊細に描いているのだとしたら、そんなものには興味が持てない。

切羽へ 2010年1月24日(月)
 かつて大きな産業が栄えた島の小学校で養護教諭をしているセイ。画家の夫も島の出身。かつて父が開いていた診療所に住んでいる。同僚の月江は奔放で、時々本土から愛人がやってくる。子供たちは卒業すると本土の中学へ進む。セイは父の患者だったしずかさんの面倒を見ている。そんな島に、新任の若い男性教師がやってきた。石和というその風変わりな男のことが、セイは気になってくる。
 どろどろの不倫劇が始まるのかと思えば、そんなことはない。セイは嫌悪感と好奇心の混じった目を石和に向けているが、惹かれていくとまでは感じられない。石和という男も、結局最後までどういう男なのかわからないし、結局影が薄くて物語の中で浮いている。セイ夫婦を中心に島の生活を描いた作品という感じで読めばおもしろい。石和に焦点を当てれば、芥川賞風の作品になったかもしれない。直木賞受賞作。