池澤夏樹

南の島のティオ マシアス・ギリの失脚 キップをなくして  

南の島のティオ 2004年10月29日(金)
 南の島の少年ティオは、観光ホテルの一人息子。受け取った人が必ず訪れたくなる絵はがきを作るという客、花火で空いっぱいに不思議な絵を描く黒い鞄の謎の男と一緒に消えた女の子、島で見つけた流木を「これは昔天を支えていた木だ」と気に入って、大きすぎて持ち帰れないので毎年管理費用を送金してくる日本の芸術家の女性。台風の被害にあった島から避難してきて、大人たちが島の暮らしに慣れていくのに一人故郷の島での生き方を変えようとしない少年。
 ポナペ(ポンペイ)島をモデルにしたという、南海の楽園のような島で繰り広げられる少年少女のファンタジー。さわやかで温かい気持ちになれた。児童向けでありながら、自然と文明と人間といったテーマへの池澤夏樹の思索が感じられる作品だ。小学館文学賞受賞作。

マシアス・ギリの失脚 2005年12月9日(金)
 ミクロネシアの島国「ナビダード民主共和国」。首都のあるガスパル島と向かいあったバルタサール島、そして300キロはなれたメルカチョール島からなり、人が死ぬと鳥になり、メルカチョールの長老達が国の精神的指導者となっているという、神秘的なものが支配する国でもある。
 マシアス・ギリは日本軍が占領していたころ軍隊のもとで働き、戦後日本へ行って勉強した後、島に戻ってスーパーで働き、カップヌードルをヒットさせて最大の実業家となり、初代大統領に取り立てられて大統領の地位に就いた。戦後統治したアメリカと、戦前占領し日本との狭間で、日本とのコネを生かして国の近代化に注力してきた。
 夜はフィリピンからつれてきたアンジェリーナが経営する娼館でくつろぎ、時にはポナペ出身の亡霊リー・ボーと会話する。
 街に「大地は汝を受け止めるであろう」というビラが貼られるようになり、日本からの慰霊団を乗せたバスが行方不明になるという事件が起こり、日本からはナビダードに石油タンカーを繋留させるという計画が密使からもたらされ、アンジェリーナのもとで働いている予言能力のある女性を官邸に呼び寄せたところから、事態が動き出す。
 大航海時代、西洋対南洋、植民地政策、経済、政治、環境、その他もろもろの文明論がやや皮肉な調子で語られ、最後はミステリーじみた展開と収束もあり、かなり長い作品だがおもしろく読めた。谷崎賞受賞作。

キップをなくして 2009年7月30日(木)
 イタルは自分が生まれた昭和五十一年に発行された切手を集めていて、今日はそれがすっかりそろう日だった。銀座の切手店へ行くため有楽町で降りて改札口に向かうと、キップがない。「キップ、なくしたんでしょう」と年上の女の子から声をかけられ、着いて行くと東京駅で降りて、誰もいない通路を行くと部屋があって、何人かの子供がいた。キップをなくしたら駅から出られない、これからずっと一緒に駅で暮らす、と言われてしまった。「駅の子」は、駅長さんから直接耳の中に指令を受けて、朝と午後、いろんな駅で通学する子供たちを守る仕事をしている。食事は職員食堂でできるし、キオスクで弁当やお菓子もただでもらえるし、着るものは遺失物から適当なものを選べる。リーダーはキミタケさん、連れてきた女の子はフタバコさん、そして何も食べないミンちゃんという女の子がいた。イタルがどうして何も食べないのと聞くと、ミンちゃんは「わたし、死んだ子なの」と言った。
 少年少女の鉄道冒険ファンタジーだが、死生観も表している。昭和五十一年ということで、一瞬おやっと思った。時代は昭和60年頃だ。確かに、自動改札やsuika、携帯の世界ではありえない物語だ。久々、いい作品だった。