池田満寿夫

エーゲ海に捧ぐ      

エーゲ海に捧ぐ 2007年2月7日( 水)
 「エーゲ海に捧ぐ」:借りているサンフランシスコのスタジオで、愛人アニタの友人グロリアがアニタを撮影している。それを見ながら、私は日本にいる妻トキコから電話でオンナがいることを責められている。アニタの蜜の巣は地中海、そしてグロリアのそれはエーゲ海だ。
 「ミルク色のオレンジ」:私は、ニューヨークのブックストアでファンだと声をかけられた十六歳の少女と、マンハッタンの安ホテルの部屋にいた。
 「テーブルの下の婚礼」:友人がいない間借りている下宿には、三十代のミサコと、その妹で白痴のサキがいた。
 昭和52年の芥川賞受賞作。 著名な美術家の小説ということで、当時かなり話題になった作品。ほとんどセックスと性器をめぐる描写で、ストーリーは取り上げるまでもない。
 「接近しているグロリアのエーゲ海が泣いているように見える。塩を含んだ水で砂丘の亀裂が一面に濡れている。指を入れればたちまち吸い込まれてしまうだろう。エーゲ海の水温は知らない。視覚だけで水温を計ることは無理な話だ。堪えられないほどは軽すぎる世界のなかでアニタも彼女の地中海も、白い影のようにしか見えない。」といった、ヌーボーロマン風の情景描写が芸術的に感じられたのかもしれないし、幻想的な小説とも言えるかもしれない。最近、昭和40年代までさかのぼって未読の文学賞受賞作をネットで取り寄せたが、当時読まなかったということにはそれなりの理由があったのだと気づいた。