堀江敏幸

熊の敷石 雪沼とその周辺 おぱらばん 河岸忘日抄
なずな      

熊の敷石 2004年3月23日(火)
 芥川賞受賞作なのだが、まったく記憶にないし、読んでみても、それなりの雰囲気はあるのだがあまり強く印象に残らない。保坂和志なんかと一緒に「淡白系」とでも呼べばいいのかもしれない。
 主人公は、翻訳の仕事でパリを訪れていて、誰かに会いたくなってヤンという友人を訪れる。彼の住んでいるノルマンディーの小村は、リトレというフランス語辞典を編纂した人の出身地の近くで、その人こそ 今とりかかっている仕事の対象だった。リトレのエピソード、ヤンのユダヤ人の祖父母や強制収容所の話題、近所に住む盲目の少年の話などが出てきて、どれが作品のテーマというわけでもないが、微妙に関連しあってある種の雰囲気を作っている。「熊の敷石」というのは、ヤンが働いている採石場の石が都会の敷石になるということからリトレの辞書で「敷石」をひいたら、そこに引用してあったラ・フォンテーヌの「寓話」にあった話で、「いらぬお節介」という意味。そこから、「なんとなく」という感覚でのヤンとの付き合いを振り返ってみる。
 「砂売りが通る」は、学生時代の友人の葬儀に海辺の町を訪れ、幼なじみの妹とその子供と一緒に浜で砂遊びをしながら友人やその妹と過ごした日々を回想する。「砂売りが通る」もフランスのことわざ。
 「城跡にて」は、やはりフランス滞在中ノルマンディーの友人を訪れた時のちょっとした冒険譚。
 この作家は、読んでいていったい何を言いたいの?という感じもしてくるが、志賀直哉なんかの心境小説を現代によみがえらせたいのかもしれない。私小説ではないので、雰囲気小説とでもいうか。端正な文体とエピソードの微妙なからみから、人生の静かな瞬間の何かが見えてきそうな、独特の雰囲気を作り出している。

雪沼とその周辺 2007年8月29日(水)
 閉店間際のこぢんまりとしたボウリング場に、若い男女が手洗いを借りに入ってきた。オーナーは彼らに1ゲームプレゼントする。今日で店を辞めるのだという。彼は、かつて親しくしていた元プロ・ボウラーのハイオクさんが投げる球の音につかれてきたのだった。(「スタンス・ドット」川端康成文学賞受賞作)
 他に、一人移り住んで料理教室を開いてきた、小留知先生の最後の言葉をめぐって元生徒たちが彼女の人生を振り返る「イラクサの庭」、農家の2階を借りて書道教室を開いてきた陽平さんと、貸主で妻となった絹代さんの、十三回忌をすませたひとり息子を追憶する「送り火」。母の面倒を見るため東京のレコード店をやめ、商店街に店を開いた蓮根さんが、母のために古いステレオの低音を調整しようとする「レンガを積む」など。
 雪沼という山あいの町で暮らす人々の生活と人生を描いた、落ち着いていてどこか風変わりな味わいのある短編集。「スタンス・ドット」のブランズウィック社製の最初期モデル、「イラクサの庭」のアラン・フルニエの作品集、「河岸段丘」の手づくりの裁断機、「送り火」のランプ、「レンガを積む」の家具調ステレオ、「緩斜面」の角凧といった、旧い物が主人公たちの人生を物語っていて、どこか終焉を予感させる。谷崎潤一郎賞、木山捷平文学賞受賞作。

おぱらばん 2009年4月9日(木)
 「おぱらばん」:私が暮らしていたパリ郊外の宿舎に、中国人留学生が大挙して現れたことがあった。その中で、みなが《先生》と呼んでいる、四十歳くらいの小柄で愛想のいい中国人としばしば顔をあわせた。彼は《以前》をフランス語で言おうとしてたっぷり十分以上かけて思い出して《AUPARAVANT》という単語を出した。私は、宿舎に滞在している中国人の多くが《AVANT》のかわりにこの単語を用いるのに気づいていた。数日後、テレビで《おぱらばん》が中国人特有の言葉として差別的に扱われていることを知った。
 パリで生活する《私》が遭遇する出来事と、小説、絵画、映画などの作品や作家との奇妙な符合を描いた短編集。知っていたのは「黄色い部屋の謎」のガストン・ルルーと「のぼりとのスナフキン」 のトーベ・ヤンソンの「ムーミン」ぐらいだったが、ある程度知っていればもう少し楽しめたかもしれない。しんみりとした味わいの作品が多い中、「床屋嫌いのパンセ」と「のぼりとのスナフキン」はちょっと笑わせてくれる。三島賞受賞作。

河岸忘日抄 2013年4月22日(月)
 「海にむかう水が目のまえを流れていさえすれば、どんな国のどんな街であろうと、自分のいる場所は河岸と呼ばれていいはずだ」…《彼》は働き過ぎたのでぼんやりするため、日本を離れ、かつて発作で倒れたところを救ったことのある老人を訪ねる。部屋を探すつもりだというと、河岸に繋留してある船を提供された。コーヒーを入れて、備え付けの本を読み音楽を聴き、時々やってくる郵便配達夫や近くの船でクラス少女と話をし、思索にふける日々を過ごすのだった。
 ストーリーがどうということもないのだが、あちこちで立ち止まって一緒に考えるような作品。読売文学賞受賞作。

なずな 2015年2月22日(日)
 郷里に近い町の地方紙に誘われて一人暮らしで働いていた私が、弟夫婦の生後二ヶ月の赤ん坊、なずなを預かることになった。旅行会社で働く弟が海外で交通事故にあって入院し、出産したばかりの義妹が感染症で入院してしまったのだ。マンション1階の店のママ瑞穂さん、近所の小児科医のジンゴロ先生、その娘で看護師の友栄さんたちに見守られて育児をするうち、私自身のものの見方や人や町との関係も変化していった。
 育児小説とあるが、仕事を通して町の話題が織り込まれたり、恋愛模様があったりして、おもしろかった。伊藤整文学賞受賞作。