広津桃子

石蕗の花      

石蕗の花 2003年8月20日(水)
 作者は作家広津和郎の娘として大正7年に生まれ、昭和63年に亡くなっている。この作品集は、志賀直哉に師事した私小説作家網野菊との交流を描いた、小説というよりは手記である。
 網野菊は作者より18歳年上で、「一期一会」で読売文学賞や芸術院賞を受賞し、昭和53年に73歳で亡くなっている。私小説というと、自身の恥部をことさらにさらけ出して、そのことで人間存在という普遍的な意味を読者に問うようなところがあるのだが、この作品では網野自身「身辺小説でもそうでないものでも、作品がすぐれているならいいでしょう。いいものはいい」と書いているように、登場人物たち(志賀直哉やその夫人をはじめとして)の人格や文体の品の良さが受け入れやすいものとなっている。もちろん社会の激動の中で、文壇の仲良しごっこを書いて、何の意味があるんだという意見もあるだろう。それはそれ、作家は世界の責任者じゃなくて、一職人でしかないとも言えるだろう。青木玉の「小石川の家」と同じような魅力のある作品集である。
 網野菊については、この本を読むまではまったく知らなかった。文学一筋の趣味の良い女性のように描かれているが、よく読むと、偏屈で片付けられないおばあさんである。