日野啓三

あの夕陽      

あの夕陽 2005年5月13日(金)
 芥川賞受賞作「あの夕陽」のほか、66年の処女作「向こう側」から94年の「示現」までを含む短編小説集。
 「向こう側」は、ベトナム戦争当時、「向こう側へ行く」と言って失踪した前任の特派員を捜索して、その行動を追体験し共感していく話。「あの夕陽」は離婚間近の夫婦の冷えた心理を描いている。これは、どちらかというと男は身勝手なものだなという感想しかもてなかった。「蛇のいた場所」は、冒頭のクレーの絵と父の郷里の家の庭で見かけた蛇を、朝鮮にいた頃の女性の思い出にからめたうまい短編。おもしろいと思ったのは、隕石が地球に降ってくる音が聞こえるという、顔に包帯を巻いた少女の「星の流れが聞こえるとき」と、風の強い町の石切り場でストーンヘンジを作る男と風は息をしているよと言う少年の「風を讃えよ」。「示現」も、オーストラリアのエアーズロックでアポリジニの老人に「人間、死んだら、どこに、行くのだろうか」とたずねると空を指してそして「風」と答えるところが印象的。