姫野カオルコ

喪失記 受難 ツ、イ、ラ、ク 昭和の犬

喪失記 2004年6月22日(火)
 この作家も、いろんな本が文庫本コーナーに置いてあってどんな作家かなと思うがどれにしていいかわからず、カバーの後ろを読んでおもしろそうなものを選んでみた。
 理津子は、33歳の現在イラストレーターとして働いているが、恋人もいなければ、ほとんど友人と食事したこともない。たまたま出会った大西という男が食事に誘ってくれるようになり、一緒に食事をすると食べることの趣味がまったく一緒だった。そして、何度も食事をしながら自分の過去を語っていく。理津子は幼い頃、家庭の事情からよその家をたらいまわしにされ、カトリックの神父のもとで育てられた。そのせいで、自分を律するという生活態度が身に染みついている。また、身長170センチ、おそらく女性から憧れられるほうといった容貌で、男に可愛がられたり男に媚を売ったりということとは無縁で、恋愛もセックスも経験がない。
 自分を律していつの間にか中性の鉄人のようになってしまったが、心の奥底では男に甘えたい、男が欲しいと死ぬほど願っている。 自分で自然に選ん生きてきた生き方なのだが、いつの間にか本当の自分から遠いところへ来てしまったことに気づく。姫野カオルコは初めて読む作家でよくはわからないが、その文体は落ち着いた中に時々感情の発作のような反復が現れたりするところがおもしろい。

受難 2004年9月16日(木)
 主人公は修道院で育った女性で、あまりにも倫理観が強く、フランチェス子と呼ばれており、いまだに処女。自宅でゲームソフトのプログラミングをしており、人に会うのは2ヶ月に一度の納品の時だけ。そんなフランチェス子の腕に話しもし食べもする人面瘡ができてしまい、その上股の間のあそこに住み着いてしまう。人面瘡に男がその気にもならないダメ女と言われ続けるフランチェス子だが、古賀さんと呼んで一緒に暮らし始める。フランチェス子は、実はセックスを拒絶しているわけではないのだが、彼女が手を触れるだけで相手はその気をなくし、性具は壊れ、男性自身は切断されるという、脅威のアンチセックスパワーの持ち主なのだった。
 「喪失記」と同じような設定なのだが、あちらは切ない結末だったが、こちらは荒唐無稽で童話のようなエンディングだ。

ツ、イ、ラ、ク 2007年4月5日(木)
 近畿地方の田舎町・長命市の長命小学校二年二組の、裕福な家の子京美を中心にしたグループ。グループをとりしきる統子、そして一人空想の中で過ごすのが好きな隼子。明るくて統率力のある太田は京美と公然の仲。ハンサムな富重、いつも騒ぎを起こす塔仁原、隼子と噂をたてられる転校生の佐々木。そんな幼い相関図も、中学に進むとさらに熱を帯びてくる。ベストスリーと呼ばれる、マミ、京美などとは別に、大人びた容貌で近視で見つめる隼子も上級生に人気があったが、隼子はイギリスのロック・シンガー、イアン・マッケンジーに想像の中で恋をしている。ある日、産休の代理に河村という若い国語教師がやってくる。うっとうしい前髪としか思わなかった隼子と、隼子がいつも授業を聞いていないと思っている河村は内心で反目しあっていたが、あるきっかけからヤリまくるようになってしまう。しかし、いずれ噂のたつところとなり、隼子は不登校になり、大阪の寮のある芸術高校へ進学し、河村は退職する。
 大人の恋愛小説かと思っていたら、いつまでも中学生のガキの恋愛模様が続く。これは、ちびまるこちゃん版ヰタ・セクスアリスか、それとも恋愛箴言集か(いっぱいあっておもしろすぎる)と思いながら読んでいったら、二十年後やっと落ちるところへ落ちた。恋愛というものは落ちるものだそうだ。それで、「ツ、イ、ラ、ク」。

昭和の犬 2016年1月16日(土)
 柏木イクは嬰児のころからいろいろな人に預けられ、宣教師の住まいにも一年ほどいた。父が引き取りに来てクラス用になった家には、風呂も便所もなかった。父の鼎は突然怒声をあげる恐ろしい人間で、母の優子はうへへぇと気持ちの悪い笑い方する女で、他人が三人一緒に暮らしているような家族だった。イクの家にはいつも犬がいて、東京の大学に入って貸間生活をするようになっても、大家の飼い犬や近所で散歩している犬がいた。
 五歳の少女から四十九歳の現在まで、犬とかかわりながらのイクの半生を描いていて、各章のタイトルは当時放送されたアメリカのドラマのタイトルだ。クスリと笑わせるところが多数あっておもしろかったが、他の作品のような強烈な印象は乏しい。直木賞受賞作。