花村萬月

皆月 ゲルマニウムの夜    

皆月 2003年10月24日(金)
 パソコンと橋梁設計だけが取り柄の中年男の、初めて女性に惹かれて結婚した妻が、突然「みんな、月でした。・・・」というメモを残して、1千万の預金を持ち出して蒸発してしまう。会社を無断欠勤し、妻のヤクザ者の弟に一緒に探そうと持ちかけられ、裏の世界を知り、ソープ嬢と同棲し始める。妻に逃げられた中年男、不思議と義理の兄になつくのだが何かあると狂ったように暴れる弟、借金を背負い辱められながら店で働く元ソープ嬢、みんな何かを求め、お互いを必要としている。彼女のために殺人を犯してしまった弟と、3人のロードムービーが始まる。しかし、逃げた妻を捜すためでも、持ち逃げされた金を取り返すためでもないのだ。
 性と暴力の描写が激しいのだが、ぐいぐい引き込まれてしまった。作者は、いわゆる直木賞系の作家ということのようだが、実際は他の作品で芥川賞を受賞している。

ゲルマニウムの夜 2004年3月12日(金)
 「皆月」で大衆文学の吉川英治文学新人賞を受賞した作者の、芥川賞受賞作。正直、暴力とスプラッタな表現がグロテスクで、気持ち悪くて次作はもう読みたくない。これほどひどい暴力描写は読んだことがない。映画でも暴力シーンは下を向いているほど臆病なので。
 主人公の朧は衝動的に男と女を殺し、かつて育った修道院の救護院に戻って身を隠す。欺瞞に満ちた宗教への嘲笑、自分の立場への冷静な計算、衝動的な暴力、同時にそうした一切をもてあましているナイーブさ。「地獄にすがるキリスト教は無様だ」「努力とは敗者の免罪符だ」「煩悩は僕の愛犬だ」こんな言葉が次々と呟かれる。物語が進むにつれて、次第に醒めていく部分があって、それが「王国記」シリーズへ続いているようだ。
 修道院の生活の描写がリアルなのだが、実際、作者も救護院で育ったのだそうだ。エンタテインメントを意識した「皆月」のほうは救いのある物語だが、「王国記」はどこまで行くんだろうか。気にはなるのだが。