帚木蓬生

三たびの海峡 閉鎖病棟    

三たびの海峡  2003年8月31日(日)
 主人公河時根は、労働に徴用された父の身代わりになって、17歳で日本占領下の朝鮮から、奴隷狩り同様に日本に連れてこられ、北九州の炭鉱で重労働と虐待の日々を送ることになる。1年以上耐えた末に脱出し、朝鮮人の土木請負の頭領の下で働くことになり、一緒に働いている日本人女性と愛し合うようになる。日本の敗戦、つまり朝鮮の開放で、一緒に祖国へ帰るが、そこで待っていたのは日本人女性を連れて帰ったことによる村八分。子供が生まれるが、日本から女性の父親がやってきて連れて帰り、その後は黙々と働くのみの人生で企業家として成功するにいたる。そして、四十数年後、日本に残った同胞からの手紙を機会に三度目の海峡を渡り、ある目的をもって日本の地を踏む。
 炭鉱や朝鮮での悲惨を極める生活や反日の感情が、日本人が書いたものとは思えないほどリアルに描かれていて、終戦の月であるこの8月に、戦争の歴史、日本、韓国、中国をめぐる歴史の事実は、決して目をそむけたり、捻じ曲げたりしてはならないのだという思いを新たにする。この作家はミステリー作家だそうだが、ラストにそういう趣向も伺える。これは、ないほうが後味が良かったように思うが、ずしりと重い作品だった。

閉鎖病棟 2006年11月20日(月)
 新聞社に投稿しては記事が無断で掲載されていると訴えるチュウさん、かつて母と義理の父とその子4人を殺して死刑判決を受けた秀丸さん、知恵遅れで耳が聞こえず話もできない昭八さん、妊娠中絶して不登校になり外来で通院している中学生の島崎さん。精神病院を舞台に、事件や騒動を起こして家族に捨てられるように病院に入れさせられた入院患者たちの明るくユーモラスな日常や、心の傷を描いた作品。
 歌を作るのが得意なチュウさんが演芸会に向けて書いた台本が役を演じた一人一人に与えた影響、長く共に過ごした患者の退院に感じる喜びと寂しさなど、患者たちの繊細さが伝わってくる。秀丸さんは暴行を受けた島崎さんを守るためヤクザの入院患者を殺して収監され、シュウさんも退院を決意する。
 取り留めのない文章になってしまったが、山本周五郎賞受賞作で、山本周五郎の名にふさわしい温かい作品だ。