古川日出男

二○○二年のスロウ・ボート LOVE    

二〇〇二年のスロウ・ボート 2006年3月3日(金)
 僕は過去三度東京脱出に失敗していて、そのたびにガールフレンドを失った。一度目は小学5年の時。初めて死を意識し、夢の解釈にのめりこんで不登校児になり、送り込まれた奥多摩の合宿制の学校で。饒舌病の一つ上の女の子と理解しあうようになるが、夏休みが終わって彼女は山梨へ帰って行った。二度目は十九歳の時同じ語学クラスの女の子と。彼女の望み、石垣島へ行くためアルバイトでお金を貯めていたが、出発の日山手線の事故で羽田空港へ行けず、彼女は一人石垣島へ向かった。三度目は、東京の中に非・東京の要塞として始めたカフェの調理人の女子高校生。ある日屋根に飛行機の氷塊が落ちて店が壊れ、彼女は料理の勉強のため一人アメリカへ立った。
 斬新な文章の区切りとか読者に問いかけるようなスタイリッシュな文体、年代にこだわるあたりが村上春樹風だなと思ってたら、やはりそうだった。 「中国行きのスロウ・ボート」から取っているそうだ。作者は推理作家協会賞を受賞しているそうなので、そちらも読んでみよう。

LOVE 2010年4月18日(日)
 部屋から男が出ていって引っ越したいOLカナシー。地域に生息する猫の数をカウントするコンクールの記録保持者の小学生ユウタ。高速道路の下の橋桁で歌うフリーター・ミュージシャンの秋山徳人、両親のいさかいから逃れて「愛機」で街を疾走する小学生ジャキ。都バスを愛しフリーパスで乗り継ぎ続ける小学生トバスコ。小学校各校の少女たちとウサギ飼育当番サミットを開いている小学生シュガー。猫のコンクールで東京を制覇するためにやって来た日本の猫の会・中国地区代表、礼山礼子。人を殺して出所した後、憂鬱にとりつかれた人を癒すために移動キッチンを背負って東京を歩き続けている丹下健次郎。寡黙な会社員、饒舌な同性愛者、二つの人格を切り替えるボーイ。ホテルに勤めながら裏の組織にも入っている磯部朋子。眠っている猫を発見する力を持つ記憶のない少女オレンジ。人事部で解雇を言い渡す仕事を務め、脅迫電話をかけてくる元社員のデータカードの写真を猫の写真に入れ替えるオリエンタ。タイマンに負けて頭を打ってから匂いに色がつきだして、猫の匂いを追いかける高校生黒澤カズヤ。
 風変わりな子供、若者、大人、そして犯罪者たちが、目黒、五反田、品川といった地図の上で遭遇し、そこにドラマが生まれる。「ハート/ハーツ」、「ブルー/ブルース」、「ワード/ワーズ」、「タワー/タワーズ」、「キャッター/キャッターズ」という5編の短編と「秋、品川、ニーサン」、「冬、白銀、ルナコ」、「春、目黒、ハイアン」、「夏、五反田、ミノワ」という短いイントロダクションで構成されていて、それぞれ独立したストーリーであると同時に、猫を媒介にして人物が共通して登場したりもする。全体としてどうということはないのだが、スリリングな都会の群像劇だ。三島由紀夫賞受賞作。