藤沢周平

暗殺の年輪      

暗殺の年輪 2007年4月17日(火)
 「黒い縄」:出戻りのおしのは、ある日幼馴染みの宗次郎に声をかけられた。その話をしていると、もと岡っ引きの地兵衛に居所を尋ねられた。宗次郎は人を殺したのだという。
 「暗殺の年輪」:馨之介の父は、権力者の暗殺に失敗して切腹したという。馨之介はある時期から、周囲の人の愍笑を感じるようになっていた。その馨之介に藩政を牛耳っている中老の暗殺が持ちかけられた。
 「ただ一撃」:仕官のための試合で、立合った藩士4人までが撃ち込まれて深い傷を負った。再試合をすることになり、既に隠居している刈谷範兵衛に白羽の矢が立たった。範兵衛はかつて、同じように登用の試技で首尾よく買って仕官を果たしていた。
 「溟い海」:広重の「東海道五十三次」が評判をとり、かつて「富嶽三十六景」であてた北斎は焦燥と嫉妬を覚える。
 「囮」:版木彫りの甲吉は、肺を病んだ妹の養生費を稼ぐため、下っ引きになっていた。今度の仕事は、人を殺して逃げていた男の女を見張ることだった。
 多くの作品が映画化・ドラマ化された人気時代小説作家の、「溟い海」はデビュー作、「暗殺の年輪」は直木賞受賞作で、初期の短編集。「黒い縄」と「囮」は、恋情が揺れ動くミステリー仕立ての作品 で余韻が残る。「ただ一撃」は鮮烈な印象を残したが、やりきれないところもある。「暗殺の年輪」は武家社会の非常な宿命というよりは人間の醜い面 が感じられて、あまりいい気分はしなかった。「黒い縄」のおしの、「ただ一撃」の三緒といった女性が魅力的に描かれている。「日の光が家々の貧しい羽目を照らし、空地の乱雑にのびた草の上を撫で、そこに夜が残して行った水滴を光らせた。日が射すと、靄はひととき宙に光ったが、やがて厚みを失い、次第に消えて行った。すると、家々の戸を繰る音、子供の泣き声、瀬戸ものを割った音、何か掛け声のような声などが次第に空地に溢れ、町はざわめきに、一刷毛ずつ塗りつぶされて行くようだった。」こんな描写も魅力なのかもしれない。