藤野千夜

少年と少女のポルカ おしゃべり怪談 夏の約束 時穴みみか

少年と少女のポルカ 2003年6月13日(金)
 「少年と少女のポルカ」では、男の子が好きで、一目ぼれした相手を追って男子校に進学したトシヒコ、男らしくなるようにと男子校に入れられたが、ついに女装して登校するヤマダ、県内一難しい女子高に入ったのに電車に乗れなくなって休学中のミカコが描かれている。「午後の時間割」では、「クズ中のクズ」予備校生ハルコが大学に進学したゲイ・テシロギの実験台にされる。この作家の作品はそういう方面のものばかりのようだ。その方面は除いても、登場人物が自分の世界をたんたんと生きていくさまがおもしろい。
 藤野千夜(チヤ)さんは、男性出身の女流作家。結構賞キラーで、「午後の時間割」で海燕新人文学賞を受賞し、その後野間文芸新人賞、芥川賞を受賞している。タイトルのつけ方もうまいと思う。

おしゃべり怪談 2004年9月30日(木)
 「BJ」:ハナコはタカオと結婚して、賃貸マンションに暮らしだす。やがて変な気配を感じるようになる。部屋に何かいる。戯れにベビー・ジェーン、略してBJと呼ぶようになるが、そのうちタカオが様子を疑い出す。
 「おしゃべり怪談」:会社の納会の後、社内の二十代の女性の仲間とマージャンをしていた徹夜明けの明け方、包丁を持った若い男が飛び込んできた。店主は刺されて運び出され、包丁を持ったおしゃべりな男の前でマージャンを続けされられることになる。
 「女生徒の友」:熱があるので学校をサボり、近所のかかりつけの医院へ行くと休み、駅前の病院へ行き、薬局で薬をもらって隣の喫茶店に入ると小学校の同級生の母親がいて、適当な嘘を言って店を出て家に帰る。
 「ラブリープラネット」:キリコは就職浪人の女子大生。恋人のホリイは週末ごとにとまりに来る。部屋の水槽には前の恋人と一緒に縁日ですくった金魚が泳いでいる。キリコの姉は、名門高校に入学後行方不明になるまでは兄だった。
 ちょっと変だったり怖かったりするけれど、なんということもない毎日の生活を軽く淡々と描くのがこの人の作風のようだ。主人公も軽い何の変哲もない女性だが、それでいてちょっと変なところもある。「さっきから電話が鳴っている。朝っぱらから非常識。でも、昨日父さんと母さんをダンベルで殴り殺してしまったから、今日からはどんな迷惑な電話にも自分で出なくちゃならない。なんて、そんなことになっていたら相当大変。」(女生徒の友)「本当は好きだったなんて都合よく悲しむためだけに、姉が死ねばいいと何度も考えたことを思い出していた。」(ラブリープラネット)といった具合に。野間文芸新人賞受賞作。

夏の約束 2005年5月17日(火)
 デブのサラリーマン・マモルと編集者ヒカルのゲイカップル、性転換して叔母の美容院で働くたま代、知恵遅れの兄を持つ売れない作家菊江、生意気な後輩に頭突きを入れたOLののぞみ。20代後半のちょっと変わった若者達の毎日を、軽い語り口で描いた作品。たま代が飼っているさびしがり屋のマルチーズのアポロンがなかなかいい雰囲気を出している。「夏の約束」とは、花見の飲み会で出たらしいキャンプのこと。
 「主婦と交番」は、小学生の娘・美加が交番には婦警さんがいないと言い出してから、なぜか交番の観察にのめりこむやはり20代後半のお母さん・なつ美の話。なつ美は学生時代から乗り物に乗れない。部屋に遊びに来るのは、どこか男っぽい同じマンションのよし子さん。
 ちょっと変わった人たちのなんということもない毎日を軽く描くという、最近多いパターンの作品だが、けっこうおもしろい。ただ、芥川賞というほどかなという感じもしないではない。

時穴みみか 2024年10月7日( 日)
 大森美々加は私立の小学校に通う小学六年生。成績はトップだが背が低くて幼い感じで、かたくなで生真面目な面もある。母が離婚して五年、ずっと二人暮らしだったが、熊田という男性が家に来るようになったのが嫌で、学校の帰り寄り道するようになっていた。その日も、裏道を歩いていて黒猫を見かけ、後を追って神社まで来て、猫が入った大木の空洞をくぐった。気がつくと知らない家で熱を出して寝ていた。工務店を営む父、事務所で手伝っている母、高校生の姉、弟のまさおの家族の、「小岩井さら」という小学四年生になっていた。しかも昭和四十九年。平成△年生まれの「大森美々加」と言ってもわかってもらえず、それでもかたくなに「さらじゃない」と言い続けるが、ママさんやお姉さんは優しくしてくれ、小学校では美々加の話を聞いてくれる「さらみみ会」という友だちグループもできた。それでも、美々加は平成のママのところへ帰りたいと願っている。
 最近、「団地のふたり」、「じい散歩」が話題になっている著者の九年前の作品。昭和の風景が懐かしいし、小岩井家の生活や、友だちグループのエピソードもおもしろい。SF小説なら当然禁忌のラストも良かった。