江國香織

こうばしい日々 きらきらひかる 泳ぐのに、安全でも適切でもありません
号泣する準備はできていた 真昼なのに昏い部屋    

こうばしい日々 2003年9月9日(火)
 最近、女性に非常に人気のある作家のようだ。
 「こうばしい日々」は、親の仕事の関係で2歳で渡米し、日本語を話せない11歳のダイ(大介)が主人公。ガールフレンドとのぎこちない関係を中心に、姉やそのボーイフレンド、給食係りの老人などが描かれているが、どの人物もいかにもこれがアメリカンという感じのステレオタイプで、付け鼻のギャグを見ているよう。子供の目を通しているとはいえ、表現も平板で稚拙。女子高校の文芸部の作品か、中学生未満限定の児童誌の連載読み物といった感じ。
 「綿菓子」は、小学6年の女の子みのりの恋の芽生えの物語。年下の恋人を捨ててお見合い結婚した姉への違和感とその夫への反発、捨てられた元恋人への恋心を胸に抱えた主人公。おばあちゃんの親友が実はおじいちゃんの愛人だったこと、友達のラブラブカップルの両親が離婚したこと、姉の夫と元恋人が知り合いだったこと、といった大人の世界にふれていき、気持ちのふくらみと重さに耐え切れなくて、姉の元恋人にしがみついて泣いてしまう。小学6年から中学1年の女の子にしては、覚めた部分もあるが、文体はいかにも幼い。でも、こちらはまあまあ魅力的に読めた。
 それにしても、文筆業界の親の七光りもたいがいにしてもらいたいものだ。出版業界も、賞をあげ過ぎ。少なくともこの作品は賞のレベルには達していない。

きらきらひかる 2004年8月27日(金)
 低血圧の女の子が色っぽくて好き、なんていうと明石屋さんまレベルの議論になる。情緒不安定な女の子は魅力的で、 テレビドラマや少女マンガの主人公には最適かもしれないが、それだけで文学のテーマとなりうるだろうか。
 お見合いのあと数ヶ月で結婚した二人。笑子は情緒不安定でアル中、睦月はホモで現在も恋人がいる。そんな二人だが、お互い信頼し合い、結婚生活に満足している。互いの両親は自分の子供の事情は知っているが、相手の事情は知らない。そんな結婚生活を、章ごとに交互に二人の視点で物語っていく。
 感情的な女と潔癖症の男の、奇矯でおしゃれでスタイリッシュなライフスタイル、というとただそれだけのことだが、こんな愛もありかなという点ではおもしろかった。ただ、この人の作品は表面的で、奥にあるものとか先にあるものとかがあまり感じられない。彼女に限らず、恋愛小説というものは、そういうものかもしれないが。

泳ぐのに、安全でも適切でもありません 2005年7月20日(水)
 男にどっぷりはまった中年女達を描いた短編集、というと非常に汚い印象だが、それをおしゃれで思わせぶりに書いたものといえば多少ましだろうか。基本的におもしろくない、興味が持てない、リアリティを感じない、ドラマやコミックにいかにもありそうなシーンをそれらしくいい雰囲気に書いているだけという感想しかもてない。短編という密度や意外性も感じないし、どちらかといえば長編でも中篇でもいい、どこかのシーンを1箇所切り取っただけという感じ。その辺の軽さが人気を得ているのだろうけど。男と女のにっちもさっちも行かないところを、まあしょうがないじゃない、いいんじゃないのとうなづく感じかな。
 感じがいいといえば、「サマーブランケット」とか「動物園」とか、生臭みの少ない作品。「りんご追分」も、「りんご追分」でなければ、ひきつけられたかもしれない。

号泣する準備はできていた 2006年8月25日 (金)
 直木賞受賞の短編集。
 12の作品が収められているので1つ1つについては触れないが、共通したトーンがあって、全て心通わない二人を描いた作品。それは、相手を愛し強く欲しているにもかかわらず、お互い心の中に別の人がいたり、何より愛しているのは自分自身や自分の思い出だから。
 彼女の短編は、何事も起こらないし、意外な結末やひねりもない。都会の女性のある一日、あるシーンを、洒落た演出、洒落た背景、洒落た言葉で描いてみせたという感じで、それはそれで今風な小説のあり方なのかもしれない。タイトルとか、言葉のセンスはいいし、若い女性には人気があるのだろう。ただ、愚鈍な男からすれば、神経質でわがままな女ども、で終りだけど。小説の感想に現実的なことを言ってもしょうがないが、都会で女性が一人生きていくのは、食っていくだけでも大変なことだと思うのだが。(余計なお世話でした。)
 受賞作は一通り読むことにしているので、読んだだけ。

真昼なのに昏い部屋 2013年5月23日(木)
 ジョーンズさんは、アメリカの妻子とは十五年も別居状態で、日本でアパートに住んで幾つもの大学で教鞭をとっている。そのジョーンズさんが好きな女性は、澤井美弥子さん。美弥子さんは、坂の上の一軒家に、創業百年を越えるゴム会社の四代目社長である浩さんと住んでいる。美弥子さんは自分がきちんとしていると思えることが好きで、一日掃除や植物の世話をして暮らしている。ある日、ジョーンズさんから「フィールドワーク」に誘われて、近所の街を話しながら歩いて以来、ジョーンズさんのことを考えるようになった。ただの近所づきあいの延長のつもりだったのが、周囲に流されて、美弥子さんは「世界の外」へ出てしまい、ほんとうの不倫をしてしまう。そして、せめてきちんとした不倫妻になろうと思う。
 童話のような文体なので、清潔感があって、いわゆる不倫劇という感じはしない。ただ、美弥子さんがジョーンズさんの目に、以前のように小鳥のようには見えなくなった、というラストが意味深でもある。中央公論文芸賞受賞作。