綾辻行人

黒猫館の殺人 緋色の囁き 霧越邸殺人事件 Another
殺人方程式 びっくり館の殺人 奇面館の殺人 どんどん橋、落ちた
殺人鬼−覚醒編      

黒猫館の殺人 2003年7月14日(月)
 綾辻行人のミステリーは、とんでもない大どんでん返しが用意されていて、いつも「汚ねー」「そんな馬鹿な」と思わされるので、注意深く読んでいく必要がある。それなりに、ヒントは書いてある。
 推理作家鹿谷門実と編集者江南孝明の前に、火事で記憶を失った老人が現れる。唯一手がかりとなる手記には、自ら設計した館で次々と殺人事件が起こる中村青司という建築家の設計による、北向きに建てられた黒猫館という別荘で起こった殺人事件が書かれていた。
 最初から疑って読めば、この老人の正体や起こった殺人事件の真相や背景はある程度察しがつく。しかし、いつもそんなものでは終わらないのが綾辻マジック。最後のトリックは、読者に謎を投げかけるためというよりは、最初から読者をだますためのもの。たまたまそれらのことを知っていなければ、誰にもわかるはずがないから。

緋色の囁き 2003年9月21日(日)
 館シリーズは一通り読み終えて、今度の作品は囁きシリーズと呼ばれているそうだ。主人公和泉冴子は、聖真女学園という全寮制の高校へ転校してくる。実は、学園長宗像千代の姪で、幼い頃親と姉を事故で失い、記憶も失って、養女に出されていたのだという。それが、また宗像家へ戻ることになったのだ。そして、次の日から女生徒たちが次々と惨殺されていく。悪夢に苛まれる冴子は、自分が犯人なのではと不安に陥る。
 悪夢の追想部分はいつものように引っ掛けだから、別の誰かの記憶に違いないと思って読み、事件の背景はそれなりに推測できるのだが、肝心の犯人が誰なのかまったく見当がつかない。終わってみれば、確かに姉妹には違いないが、今回もまた汚い。読み返すとヒントは書いてある、「大きな焦げ茶色の目」とか、何箇所か。しかし、それだけで結びつけるのは、まず無理だろう。

霧越邸殺人事 件 2004年9月26日(日)
 劇団「暗色天幕」の団員が慰安旅行の後、送迎バスが故障して山道を歩いているといつか道に迷い、吹雪に見舞われる。その時、目の前に現れたのが霧越邸と呼ばれる屋敷。部屋も食事も与えられるのだが、なぜか主は姿を見せないし、部屋も椅子もちょうど人数分になっており、屋敷の中のいろいろな調度類や装飾品に団員の名前と符合するものがある。そんな不思議な状況で、仲間が異様な状態で殺され、一人、また一人と殺されていく。そこには、北原白秋の「雨」の見立てがあった。そして、屋敷の中にもう一人謎の人物がいるらしい。
 直感的に怪しいと思った人物が犯人なのだが、事件の全体像はこんなのもありか、という感じで予想できない。もちろんこういうパターンはあるのだが、「吹雪の山荘」という設定や怪しい館の雰囲気が目くらましになっている。

Another 2012年8月25日(土)
 大学教授の父が仕事で一年間インドへ行くことになり、《ぼく》、榊原恒一は夜見山市の十五年前に死んだ母方の祖父母の家に厄介になり、この街の中学校に通うことになったが、自然気胸を再発して、母の十一歳も年が離れた妹の怜子さんの世話になり、入院してしまった。入院中、夜見山北中学三年三組の学級委員である風見智彦と桜木ゆかりが見舞いに来た。退院間近のある日、同じ制服を着た左目に眼帯をした少女と出会う。登校して担任の久保寺先生、副担任で美術教師の三神先生を紹介され教室に入ると、その少女見崎鳴がいた。見崎に話しかけると、親しくなった勅使河原は「いないものを相手にするのはよせ」と言うのだった。そして、桜木ゆかりの母が事故で死に、帰ろうとした桜木は階段から落ちて死んだ。夜見北の三年三組には、《ない年》と《ある年》があり、《ある年》にはかつて死んだ生徒が紛れ込み、生徒やその家族が次々と死ぬ、その対策として一人の生徒を《いないもの》にするということが代々行われてきた。
 学園ホラーミステリー。最初は、見崎がゴーストなのかと思わせ、次第にもしかしたら《ぼく》が死者なのかもと思わせる。結末は意外だが、そう言われれば確かにそうだという伏線も張ってある。おもしろかった。

殺人方程式 切断された死体の問題 2014年5月17日(土)
 JR横浜線のM市の鉄橋付近で、宗教法人御玉神照命会の教主、貴伝名光子が轢死した。自殺とも他殺とも決めきれず捜査が続いている中、M市のマンション屋上で死体が発見され、警視庁捜査一課の若手刑事、明日香井叶はM市内に住んでいるということでM署の刑事、尾関弘之と一緒に現場へ向かう。死体からは首と左腕が切り離されており、首はマンションの廊下で居住者の学生岸森範也が発見し、それは光子の夫で教主を継いだ剛三だった。後日同じく居住者で光子の息子貴伝名光彦の車から左腕と凶器が発見された。現場のマンションはたまたま公安が捜査のため張り込んでおり、出入りしたのは光彦と恋人の車だけだった。その恋人岬映美は叶の双子の兄響の元恋人で、たまたま叶の家に立ち寄った響は、映美の恋人光彦のため、刑事を装って映美を連れて捜査を始めた。
 プロローグで鍵を握る登場人物の背景が描写されるが、犯人の部分は当然ながら正体不明だ。そのため、最後に明かされるもう一人の犯人は納得できるが、犯人の正体は全く意外だった。トリックは新本格派らしいトリッキーなもの。

びっくり館の殺人 2015年5月4日(月)
 小学生の頃、山の手のお屋敷町のはずれに「びっくり館」と呼ばれる洋館が建っていた。その家に祖父の古屋敷氏と住む同い年のトシオと知り合い、家庭教師の新名さん、そのいとこで同級生のあおいと時々訪れるようになる。トシオの梨里香はある事情で亡くなり、古屋敷氏はリリカと名付けた人形で不気味な腹話術を演じるのだった。クリスマスの夜招かれて屋敷を訪れると、鍵のかかった部屋で古屋敷はナイフで刺されて死んでいて、中には「リリカ」がいるだけだった。事件の後、父と一緒にアメリカに移ったぼくは、東京の大学に入学し、再び「びっくり館」を訪れた。
 「館シリーズ」第8作目 だが、児童書シリーズの1作で、シンプルな作りになっている。主人公の回想で真相がわかる、一種の叙述トリックもの。ラストがちょっと不気味だが、やや意味不明でもある。

奇面館の殺人 2016年5月3日(火)
 推理作家鹿谷門実は、自分と顔立ちのよく似た怪奇小説作家日向京助の身代わりとして、東京の外れの山奥にある奇面館と呼ばれる山荘を訪れた。主人である景山逸史が催す会に招待されていたのだ。招待されたのは6人で、全員が誕生日が同じか一日違い。そして、会の間は鍵のかかる仮面をつけていなければならないのだという。夕食の後一人一人呼ばれて質問に答えて会は終わる。朝目が覚めると、全員鍵のかかった仮面をつけられ、主人の景山が首と指を切られて死んでいた。季節外れの大雪で外へは出られず、電話は全て破壊されていた。
 どんなトリックだろうと読んでいると、それはないよという感じの結末。犯人はこの館のことをよく知っていたというだけのことだった。真相は、ごく平凡な殺人事件だったのだ。しかも最後まで読むと、そんな馬鹿なという感じ。

どんどん橋、落ちた 2017年8月26日(土)
 大晦日の夜、突然奇妙な来客があった。名前や顔に覚えはあるが、誰なのか思い出せない。そのU君がノートに書いた小説の犯人当てのようなものを求めてきた。小説と言っても文章も小説の体をなしていないし、登場人物も伴ダイスケ、阿佐野ヨウヂ、斎戸サカエ、リンタロー、タケマル、ポウ、エラリイ、アガサ、カー、ルルウといった人を食ったような名前ばかり。「どんどん橋、落ちた」は不可能犯罪のありえない犯人(?)、「ぼうぼう森、燃えた」は逆のパターン。そして、「意外な犯人」に至っては、犯人を当てても不正解だ。他に、「フェラーリは見ていた」と、唯一まともだがパロディーの「伊園家の崩壊」。 その元ネタは、日曜の夕方になればわかるだろう。
 脱力系犯人当てミステリー短編集。

殺人鬼−覚醒編 2017年12月31日(日)
 〈TCメンバーズ〉という会のメンバー、八名の男女が双葉山の山小屋の前でキャンプファイアを取り囲んでいた。その中の男女二人が散歩に抜け出すと、突然大男に惨殺される。探しに出たメンバーも次々と惨殺されて、山小屋に残ったのは女子大生と中学生の男の子、二人だけになってしまった。男は山小屋に襲い掛かり、二人は外へ逃げ出す。
 とんでもないスプラッタ・ホラーだが、登場人物の独白の後に()囲いでさかさまに同じ言葉が繰り返されるところに、何か違和感を感じる。何の仕掛けだろうか。最後まで読むとやっとその意味が分かり、〈TCメンバーズ〉の意味も分かる。犯人捜しのミステリーではないが、そういう仕掛けかというところのだまされ感がおもしろい。